人と比べてしまう

人と比べてしまう癖は直らない|比較を止めるより比較の土俵を降りる

はじめに

比べても仕方ないと分かっている。それでも、誰かの成果を見れば自分と引き比べ、自分の足りなさばかりが目につく。「比べるのをやめよう」と決意しても、翌日にはまた比べている。そして、こんなことでいちいち動揺する自分は、意志が弱いのだと責めてしまう。

けれど、この自己診断は、原因を取り違えています。本記事の主張はこうです。人と比べてしまうのは、あなたの意志が弱いからではありません。比較を促す材料が絶えず手元に供給される環境で、人間に備わった心の働きが、休みなく作動させられているからです。比較は、特別な人の癖ではなく、人間に普遍的な機能です。だから、意志で止めようとしても止まらない。なぜ止まらないのか、その仕組みを見ていきます。

比較は、人間に備わった自己評価の手段

人はなぜ、他者と自分を比べるのか。心理学者フェスティンガーは一九五四年、社会的比較理論を提示しました。人は自己評価のために、絶えず他者と自分を比べる、という理論です。この理論が示すのは、人が自分の能力や価値を、それ自体では確かめにくい、という事実です。

自分が有能かどうか、価値があるかどうかは、絶対的な基準では測れません。だから人は、他者という参照点を使って、相対的に自分を位置づける。あの人より上か下か、平均と比べてどうか。比較は、自己評価のための、ほとんど避けがたい手段なのです。つまり、あなたが比べてしまうこと自体は、欠陥ではありません。人間として自然な働きが作動しているだけです。問題は、この手段が、ある条件のもとで暴走することにあります。

比較材料が「常時供給される」と、心が休まらない

その条件とは、比較の材料が、絶えず手元に供給される環境です。比較は、比較する相手が見えてはじめて作動します。比較材料が乏しければ、比較はときどきしか起こりません。けれど、他者の様子が常に目に入る環境では、比較が止まらなくなる。朝から晩まで、誰かと自分を比べ続ける。比較材料が常時供給されると、社会的比較は、休みなく作動し続ける機械のようになります。

そして、常時作動する比較は、「自分はまだ足りない」という感覚を、構造的に持続させます。人は、依存の状態では、つねに自分より上の誰かに目を向けるからです。上を見れば、自分の足りなさが際立つ。そして、上には必ず誰かがいる。どれだけ登っても、さらに上が見える限り、「まだ足りない」は終わらない。満たされなさが、一時的な気分ではなく、構造的に供給され続ける状態になる。これが、現代において、人と比べる苦しさがこれほど慢性的である理由です。

「比べるのをやめよう」という意志が効かない理由

ここまで来ると、「比べるのをやめよう」という意志が、なぜ効かないのかが見えてきます。比較を止めるには、まず「何と比べないか」を意識し続けなければなりません。「あの人と比べないぞ」と思うこと自体が、その相手を心の前面に呼び出す行為です。抑え込もうとするほど、対象は意識に居座る。「白い熊を考えるな」と言われると、かえって白い熊のことばかり考えてしまうのと同じ逆説が、ここでも働きます。

しかも、意志による抑制は、比較を促す環境そのものには手をつけません。材料が常時供給される環境に身を置いたまま、比較する心だけを意志で抑えようとしても、供給が続く限り、比較は繰り返し立ち上がる。意志は、注意の向け先を一時的に変えられても、比較を作動させる構造そのものを動かせないのです。だから、「比べるのをやめよう」という努めは、しばしば空回りします。

▸ 「認められないと満たされない」というこの構造の全体像は、承認欲求とは何かにまとめています。

比較は、自己評価の確定権を他者に預けた状態

社会的比較が苦しいのは、それが自律性の対極にあるからです。心理学者デシとライアンの自己決定理論は、人がいきいきと生きるための心理的欲求の一つに「自律性」——自分の行動を自分の意志で選び、自分のものとして引き受けている手応え——を挙げます。比較に駆られているとき、人は自分の基準ではなく、他者という外部の基準で、自分を測っています。

これは、自律性の真逆です。自分が何に満足するかを、自分で決めるのではなく、他者との位置関係に決めさせている。比較に明け渡された自己評価は、確定権を他者に預けたまま、外の参照点に振り回され続けるのです。だとすれば、出口は「比べないよう意志で抑え込む」ことではありません。自己評価の確定権を、他者との比較から、自分の内側の基準——昨日の自分と比べてどう成長したか——へ取り戻すことです。この、外の物差しから自分の物差しへ切り替える道筋は、自己効力感とセルフトークの技術にもつながっています。

まとめ:比べてしまうのは、環境の関数です

人と比べてしまうのは、あなたの意志が弱いからではありませんでした。自己評価のために他者と比べるのは人間に普遍的な働きであり、それが、比較材料の常時供給される環境で慢性的に作動させられていたからです。「まだ足りない」は、あなたの気分ではなく、構造的に供給され続けていた。だから、意志でやめようとしても、やめられなかったのです。

比べてしまう自分を責める必要はありません。責めるべきは資質ではなく、比較を絶えず作動させる仕組みの側です。自己評価の確定権を、他者との位置関係から、自分の内側の基準へ取り戻すこと。そこに、意志の力に頼らない出口があります。その全体の設計図を、次の一歩として受け取ってください。

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参考文献

【学術論文・理論】

  • Festinger, L. “A Theory of Social Comparison Processes”(1954)Human Relations, 7(2)
  • Deci, E. L., & Ryan, R. M. Intrinsic Motivation and Self-Determination in Human Behavior(1985)Plenum Press
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