はじめに
自分に向いた仕事が分からない。そんなとき、適職診断は魅力的な入口に見えます。いくつかの質問に答えれば、「あなたに向いているのはこういう仕事」と教えてくれる。ところが、一つ受けると、次は自分の強みの診断が気になり、その次は他人との相性が、さらにその次は自分の取扱説明書が欲しくなる。診断を重ねるほど自分を精密に理解している気がするのに、なぜか、進むべき方向は、かえって定まらなくなっていく。
当たる適職診断の選び方については、情報が揃っています。本記事が扱うのは、その土台にあたる部分です。なぜ、適性を診断するほど「向いている仕事」の像がぼやけ、診断を渡り歩く回遊が終わらなくなるのか、その構造です。
結論を先に示します。一つの名は、めったに一つのままでとどまりません。それは、次々と地図を買い足していく、長い回遊の入口です。そして、他人が描いた地図をどれだけ重ねても、そこから浮かび上がるのは、自分が自分を描いた像ではないのです。
一つの名は、次の名を呼ぶ
一つの診断は、めったに一つのままでとどまりません。性格タイプを知れば、次は他人との相性が気になります。相性が分かれば、自分に向いた仕事、つまり適性を知りたくなる。適性が分かれば、今度は自分の取扱説明書が欲しくなる。こうして、一つの診断は次の診断を呼び、名は静かに増殖していきます。
この増殖には、内的な理由があります。名は、一つだけでは不安定だからです。「自分はこういうタイプだ」という一枚の地図は、日々の複雑な現実の前で、しばしば頼りなく感じられる。一枚の地図が答えられない問いが出てくるたびに、私たちは、それを補う別の地図を求めます。相性診断は人間関係の地図であり、適職検査は仕事の地図であり、取扱説明書は日常の振る舞いの地図です。地図が増えるほど、自分という土地は隅々まで描かれていくように感じられます。
地図が増えるほど、自分で確かめる力は痩せる
ところが、増殖する地図には、見落とされがちな性質があります。
一つは、地図がどれだけ増えても、それらはすべて、他人が描いたものだという点は変わらない、ということです。相性診断も、適職検査も、作者は自分ではありません。他人が用意した何枚もの地図を重ね合わせても、そこから浮かび上がるのは、他人の視点で切り取られた自分の像であって、自分が自分を描いた像ではないのです。
もう一つは、地図が増えると、自分でそれを検証する力が、逆に痩せていくことです。一枚の地図なら、実際の自分と照らして「これは当たっているが、これは違う」と吟味できる。ところが何枚もの地図が重なると、全体があまりに複雑で、もはや照合できません。私たちは、地図の集まりを、丸ごと信じるしかなくなる。増殖は、精密さの外見をまといながら、実際には、自分で確かめる余地を奪っていくのです。
▸ そもそも、その診断結果が「当たっている」と感じられること自体が何を意味するのかは、バーナム効果とはで扱っています。
「向いていない」を、試す前に確定させる
適職診断が特に危ういのは、「適性」という名で、可能性の扉を試す前に閉じてしまうところです。
「自分はこういう適性だから、これは向いていない」。この文には、一つのすり替えが潜んでいます。本当は「まだやったことがないから、うまくできない」だけのことが、「そもそも、そういう適性ではない」という動かしがたい事実へと格上げされている。技術や経験の問題、つまり変えられるはずの問題が、生まれ持った適性の問題、つまり変えられない問題へと、診断を通じてすり替えられているのです。
このすり替えが心地よいのは、断念に免罪符を与えるからです。努めても届かなかったのではなく、そもそも向いていなかった。そう言えるとき、諦めることへの後ろめたさから解放されます。けれど、その免罪と引き換えに失われるのは、変わりうる自分という可能性そのものです。本当の向き不向きは、実際に試し、幾度もぶつかった果てに、ようやく見えてくるもの。試さずに引いた線を、限界と呼ぶことはできません。
まとめ:地図を買い足す前に、筆の所在を問う
適性を診断するほど迷うのは、一つの名が相性・適性・取扱説明書と増殖し、地図が増えるほど自分で確かめる力が痩せ、そして「向いていない」が試す前に確定されていくためでした。回遊が終わらないのは、まだ本当の適職診断に出会っていないからではなく、他人の地図を買い足すという行為そのものが、自分を描く筆を手放し続けているからです。
必要なのは、もっと当たる適職診断ではありません。地図を買い足す手を止めて、「この筆を、いま誰が握っているのか」と問い直すことです。向いているかどうかは、診断が判定するものではなく、実際に試しながら、自分が確かめ、描いていくもの。その全体の設計図を、次の一歩として受け取ってください。この回遊が診断全体でどう働くかは、性格診断は当たるのかにまとめています。
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参考文献
【学術論文・理論】
- Dweck, C. S. Self-Theories: Their Role in Motivation, Personality, and Development(2000)Psychology Press
- Forer, B. R. “The Fallacy of Personal Validation: A Classroom Demonstration of Gullibility”(1949)Journal of Abnormal and Social Psychology, 44(1)






