はじめに
一社に売上の大半を握られている状態は、たしかに危うい。その一社の方針が変われば、来月の生活が傾く。だから取引先を増やそう——この判断は、まっとうです。実際、複数の取引先に支えられている状態のほうが、崩れにくいのは確かです。
下請けから脱却する方法や、取引先を分散させる進め方については、すでに情報が揃っています。本記事が扱うのは、その分散が何を解決し、何を解決しないのかという切り分けです。
結論を先に示します。分散はリスクを散らしますが、依存そのものは断ちません。 そして、この二つを同じことのように語る癖こそが、独立した人を長く消耗させている取り違えです。
「依存先を分散せよ」という助言に潜む取り違え
一つの主人に依存するのは不自由だ。だから依存先を複数に分散すれば、そのぶん自由になる——この推論は、一見なめらかに流れます。けれども途中で、まったく別の二つのことをつなぎ合わせています。
依存先を分散するとは、依存する相手を一人から複数へ増やすことです。一社に依存していた人が、五社の顧客に依存するようになる。危険という観点からは、五社のうち一社を失っても、残り四社があるぶん生活は崩れにくくなります。けれども自由という観点からは、応えるべき相手が五倍に増えたということでもあります。危険は散りましたが、依存の総量は減っていません。
天秤にたとえてみます。一つの重い荷物を一箇所で背負っているのが、一社への依存です。この荷物を五つに分けて五箇所で背負うようにしたのが、分散です。分けたことで、一箇所が壊れても全部が落ちることはなくなりました。けれども、背負っている荷物の総量は少しも減っていません。 むしろ、五箇所それぞれに気を配り、釣り合いを取らねばならないぶん、背負う手間は増えています。
なぜこの取り違えが起きるのか。それは「依存」という言葉が、二つの異なる不安に結びついているからです。ひとつは依存先を失う不安。これは分散すれば和らぎます。もうひとつは依存していること自体の不自由。誰かに依存して生きているかぎり、その相手の都合に自分を合わせ続けなければならない。この不自由は、分散しても和らぎません。むしろ、合わせるべき相手が増えるぶん深まります。
会社が担っていた仕事は、消えずに一人の肩へ移る
もう一つ、分散の先で背負い込むものがあります。売り物を作る以外の、あらゆる労働です。
営業に、見積もりに、契約のやりとりに、請求と入金の管理に、経費の記録に、納税の準備に。独立して驚くのは、実際に売り物を作っている時間が一日のなかで思ったより短いことです。これは段取りが悪いからではありません。構造として避けられない帰結です。
経済学者ロナルド・コースは一九三七年の論文で、そもそもなぜ企業というものが存在するのかを問いました[Coase, 1937]。答えは「取引コスト」にありました。取引コストとは、市場で取引をするたびにかかる、目に見えにくい費用のことです。相手を探す費用、条件を交渉する費用、契約を結ぶ費用、約束が守られているかを見張る費用。企業とは、こうした取引を組織の内部に取り込むことで、その都度の取引コストを抑える装置だ——これがコースの洞察でした。
この理論を独立に当てはめると、答えははっきりします。会社員だったとき、取引コストの多くは会社が引き受けていました。顧客を探すのは営業の部門、契約は別の部門、代金の回収は経理、税務は管理の部門。独立とは、この取引コストを引き受ける組織から外へ出ることです。 組織の外へ出た人は、それまで会社が処理していた取引コストのすべてを、自分ひとりで背負います。
ここに、独立の物語が語らない一点があります。物語は会社を「取り分を掠め取る側」として描きます。けれども会社は同時に、膨大な取引コストをあなたに代わって処理する装置でもありました。この移し替えを勘定に入れないかぎり、独立の損得は正しく計算できません。
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分散が深まるほど、休みは減っていく
分散には、もう一つ見落とされやすい帰結があります。収入源を増やすほど、休みが減っていくという現象です。
一人の相手に深く従属する不自由から、複数の相手に広く従属する不自由へ。深さが減った代わりに、広さが増えた。そして、日々を実際に消耗させるのは、多くの場合、従属の深さよりも従属の広さのほうです。応える相手が多いほど、その一人ひとりに気を配り、求めを捌き、関係を保つために、時間と注意は細かく分割され、絶え間なく消費されていきます。
複数の主人を持つことは、主人を持たないこととは、まったく違います。 分散は従属を消し去るのではなく、従属を集中から並列へ組み替えるだけです。並列に置かれた複数の従属は、一つひとつは薄くても、合わせれば一つの深い従属に劣らない重さでのしかかります。
まとめ:分散の外へ出る道を問う
ここで、はっきりさせておきます。分散そのものを否定しているのではありません。 一社に生活を握られている状態より、複数に支えられている状態のほうが崩れにくい。これは危険への備えとして、まっとうな知恵です。
斬るのは、行動ではなく、危険の分散をそのまま自由の獲得であるかのように語り替える言い回しのほうです。分散は、依存を減らす方向へは働きません。依存を減らすのは、別の軸——生産についての決定を、自分の側に一定の割合で持つこと——です。
必要なのは、問いを掛け替えることです。「どうすれば取引先をもっと増やせるか」ではなく、「私が手を止めても、あとに残るものを持っているか」。その全体像は、「起業すれば自由になれる」という物語の構造にまとめています。
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参考文献
【学術論文・理論】
- Coase, R. H. “The Nature of the Firm” Economica, 4(16)(1937)
- Standing, G. The Precariat: The New Dangerous Class(2011)Bloomsbury Academic
- Marx, K. Das Kapital, Band I(1867)Verlag von Otto Meissner(邦訳『資本論』第一巻)






