単価の交渉を切り出す言い方を探している方へ/交渉の巧拙が効くのは、額に余地がある場合だけである

単価を上げる交渉の前に、額を決めているのが誰かを先に見る

単価を上げる方法として案内されるのは、多くが交渉の技術です。切り出すタイミング、相場の確認、依頼のメールに添える言い方、実績を示す順序。これらは有効で、同じ内容を伝えても切り出し方によって結果は変わります。技術としては実在します。

ただし、その技術が動かしているのは、額を制約している三つの層のうち一つだけです。額には、相手が使える予算の総額、その予算の中でのこちらへの配分、そしてその職能の額の水準そのもの、という三つがかかっています。交渉が動かせるのは真ん中の配分で、上下の二つはほとんど動きません。そして上下の二つは、交渉が始まる前に別の場所で決まっています。

説明が付くものを三つ挙げます。一度目の交渉は動いたのに、二度目が動きにくいのはなぜか。同じ提案が、相手によって二倍の額になったり半分になったりするのはなぜか。そして、腕が上がったことを丁寧に説明しても、それが額の材料にならないのはなぜか。三つとも、話し方の巧拙では説明が付きません。

渡せない側も並べます。何割上げるのが妥当か、いくらが適正か、という数字はここには置きません。妥当な額は領域と経験、相手の事業規模で変わるので、割合だけを受け取れば、自分の状況を確かめないまま数字のほうへ判断を合わせにいくことになります。それから、提示された額が明らかに低く据え置かれている局面も、この記事の主題ではありません。その場合は交渉だけで解決するので、迷わず切り出すほうが速い。

実害の中心は、動かなかったときに原因の置き場が一つしか残らないことにあります。交渉の場で表示されるのは、額が動いたか動かなかったかだけです。どこに端があったのかは、成功しても失敗しても表示されません。だから動かなかったとき、手元に残る説明は「切り出し方が下手だった」だけになります。そして次の交渉に向けて磨くのは技術のほうになり、端に達している場合、磨いた分は結果に現れません。

あわせて、単価が低いこと自体に不満を持っていない状態も扱いません。いまの額で回っていて、これ以上を望んでいないなら、この記事が解く問題は発生していません。

「単価を上げる」という言い方は、三つの層のどれを上げることなのかを区別していません。案内されている方法の大半は、真ん中の層——同じ予算の中での配分——にだけ効きます。上の層(相手の予算)はこちらと話す前に決まっており、下の層(その職能の水準)は再生産の費用で決まります。だから上がったあとに増えるのは、額だけではありません。

交渉が動かせるのは、三つの層のうち一つだけ

額そのものと、額が決まる仕組みは、別の対象です。交渉が触っているのは前者だけで、後者は交渉の場に持ち込まれません。

提示された二十万を二十五万にする。次回から一割上げてもらう。これは実際に起こりますし、交渉の技術で確率が変わります。触られていないのは、なぜその案件が二十万前後なのかという側です。持ち込まれないので、話し合いの対象になりません。

一つ数字を置いて考えます。交渉が成功して二割上がったとします。次に同じ相手と話すとき、そこからさらに二割上げられるでしょうか。上げにくくなります。一度は動きますが、二度目は動きにくくなります。この非対称は、交渉の技術では説明できません。技術は二度目も同じように使えるからです。

説明が付くのは、動かせる幅が最初から決まっていたと考えたときです。幅の内側では動き、端に達すると止まる。一度目で幅の大半を使ったなら、二度目に残っている余地は小さい。

幅を作っているのが、三つの層です。相手が使える予算の総額。その予算の中での配分。そして職能の額の水準そのもの。交渉は三つ目にはまったく届かず、一つ目にもほとんど届かず、二つ目には届きます。

だから交渉の前に確かめることが一つあります。今回、この三つのどれかを動かしたか。どれも動かしていない場合、交渉は同じ幅の中を往復します。

三つに分ける理由は、対処の宛先が層ごとに違うからです。真ん中の層に対する正しい対処は交渉で、上と下の層に対する正しい対処は交渉ではありません。層を分けないまま「単価を上げる」と考えると、三つ全部に同じ道具を当てることになります。

この確認が要るのは、幅の存在が交渉の場から見えないからです。場で起きるのは提示と応答であり、額が動けば成功、動かなければ失敗として処理されます。幅がどこにあったかは、どちらの場合も表示されません。だから動かなかったとき、原因を切り分ける材料が手元にありません。

材料がないと、説明は技術の側へ寄ります。切り出し方が悪かった、時期が悪かった、根拠の示し方が弱かった。どれも検証できないので、否定もできません。そして次に向けて、技術をさらに磨くことになります。

磨くこと自体は無駄ではありません。幅の内側を取り切るには、実際に技術が要ります。ただし端に達している場合、磨いた分は結果に現れず、現れないのでさらに磨くことになります。この循環から出る手は一つで、交渉の前に三つを確認しておくことです。確認しておけば、動かなかったことを「端だった」と説明できるようになります。

「単価を上げる」とは、どの層を上げることか

単価は交渉の結果として確定し、単価の水準はその手前で決まっています。同じ「上げる」という語が、この二つを区別せずに指しています。

単価とは、一件あたり、あるいは一単位あたりの取引額です。時間で区切る場合もあれば、成果物で区切る場合もあります。どちらにせよ、一回の取引で動く金額を指しています。

決まり方のほうは、交渉の場に現れません。相手は「うちの予算はこの範囲です」とは言いますが、その予算がなぜその範囲なのかは言いません。言わないのではなく、多くの場合、相手自身も上位の制約として受け取っているだけだからです。

この非対称は、交渉している側からは見えにくくなっています。目の前で数字が動くので、動かしているのは交渉だと感じられます。実際に動いているのですから、その感覚は誤りではありません。ただ、動いた幅を見てみてください。限られた範囲に収まっていることが多いはずです。桁が変わることは起きにくく、そのこと自体が幅の存在を示唆しています。

区別しておくべき語が、もう一つあります。値上げと、値付けです。値上げは既に成立している取引の額を動かす行為で、基準はいまの額にあります。値付けは、まだ額が決まっていない状態でこちらから水準を置く行為で、基準はいまの額の外にあります。

助言の多くは前者を扱っています。そして前者は、後者よりも動く幅が構造的に小さくなります。既に成立している額が参照点になり、参照点があるとそこからの差分が交渉の対象になり、差分は大きくなりにくいからです。

「相場」という語も整理しておきます。相場を調べることは、案内される方法の中でも特に有用です。自分の額が市場の分布のどこにあるかが分かり、低く据え置かれていた場合には、それが判明します。分布を知らずに提示していた状態から抜けられます。

ただし相場は、幅の説明にはなりません。相場が示しているのは、多くの取引がその範囲で成立しているという事実だけで、なぜその範囲なのかは示していません。相場は遅れを取り戻す道具であって、抜け出す道具ではありません。遅れが解消した地点で、この道具の役目は終わります。

なお、単価と収入も別の量です。単価が上がっても件数が減れば収入は増えません。ここで扱うのは単価だけで、収入の側の上限には別の見方が要ります。逆に、単価を据え置いて件数を増やす道もありますが、そちらは稼働時間の側で先に止まります。

値上げの助言が前提にしていること

並んでいる手はどれも、相手の予算に余地があることを前提にしています。前提は隠されておらず、明示されています。

並べてみます。信頼関係を築いてから切り出す。相手に余裕のあるタイミングを見極める。案件サイトなどで相場を確認して自分の額と比較する。「安すぎる」と直接言わず、相手にとっての利点を添えた文面にする。実績を先に示す。契約更新の時期に合わせる。

相場や交渉術を扱う記事の多くが、クライアントは予算に基づいて報酬を決めているため、予算に余裕がなければ単価を上げてもらうことは難しい、という趣旨のことを書いています。書いてあるのに読み飛ばされやすいのは、そこが記事の主題ではないからです。主題は交渉の技術であり、予算の話は前提として一行触れられて終わります。読む側も方法を知りたくて読んでいるので、その一行を通過します。

ですが、この一行が幅の存在そのものを述べています。予算に余地があれば動き、なければ動かない。交渉の巧拙が効くのは、余地がある場合だけです。

そして余地がどれくらいあるかは、交渉する側からは事前に分かりません。分からないまま切り出して、動けば成功、動かなければ時期が悪かったと解釈されます。ここに、技術としての評価が難しい理由があります。成功も失敗も、技術の側に帰属させて説明できてしまいます。どちらの説明も、余地の有無を見ていません。

前提はもう一つ置かれています。関係が継続していることです。案内される方法の多くは、既に取引のある相手に対して次回から額を上げてもらう場面を想定しています。信頼関係を築いてから、実績を示して、更新の時期に合わせて。どれも複数回の取引を前提にしています。

これは実務に即した想定です。初回の見積もりで一方的に高い額を出しても、比較されて終わることが多い。だから関係ができてから動かす。順序として妥当です。

ただし、この前提には帰結があります。額を上げるには、まずその相手と関係を続ける必要がある。続けるためには、最初は相手の提示に近い額で受けることになります。そして受けた額が、次の交渉の出発点になります。

つまり、最初に受けた額が、その関係における幅の位置を決めます。交渉の技術は、その位置から動かせる範囲を広げますが、位置そのものを設定し直すことはしません。この点が案内の中であまり触れられないのは、触れると交渉の話ではなくなるからです。

一つ目の層——予算は、こちらと話す前に別の場所で決まっている

発注する側にとって、その案件に使える額は上位の制約から降りてきます。担当者が交渉の場で動かせるのは、降りてきた枠の内側だけです。

全体の事業計画があり、その中の配分があり、この案件に割り当てられた枠がある。ここで注意したいのは、その枠が「その仕事の価値」から計算されているとは限らないという点です。発注側にとって、その仕事がどれだけの利益を生むかと、いくら払えるかは別の量です。生む利益が大きくても、配分が小さければ払える額は小さい。逆もあります。

枠が先に立って判断がその内側で行われる、という形は、家計の研究のなかで扱われてきました。チップ・ヒースとジャック・ソールは1996年、人が支出を項目ごとの予算に割り当て、その項目の枠に照らして個々の支出を判定していることを示しています(Heath & Soll, 1996, Journal of Consumer Research, 23(1), 40–52)。枠を使い切った項目では、それ自体としては値打ちのある支出でも見送られます。判定に使われているのが支出の値打ちではなく、割り当てられた枠の残りだからです。

この研究が扱ったのは個人の家計であって、企業の発注ではありません。射程をそのまま広げることはできません。ただし、項目ごとに枠を先に置き、個々の判定を枠の残りで行うという形自体は、企業の予算編成でも同じ順序で行われることが多くあります。だから、こちらの提案の値打ちが枠の外にある額を呼び込むことは、原理的に起こりにくい。

だから「この仕事で相手はこれだけ儲かるのだから、もっと払えるはずだ」という論法は、正しいのに効かないことがあります。正しさが届く先に、判断の権限がないからです。

この枠には、情報の非対称も付いています。相手は自分の予算を知っていて、こちらは知りません。相場を調べても分かるのは市場全体の分布であって、目の前の相手の枠ではありません。片側にだけ情報がある状態で、額を提示し合っている。

この非対称を埋める手は、交渉の技術の側にはありません。埋まるとすれば、相手が枠を教えてくれる場合だけです。ここで交渉の技術が実際に効いている部分がはっきりします。関係を深めることで、枠の情報が共有されやすくなる。これは実質的な効果です。ただし効いているのは、額を動かす力ではなく、枠がどこにあるかを知る精度のほうです。

枠を知れば、届かない額を出して断られる回数が減り、届く範囲での最大値を取れます。価値のある改善ですが、枠そのものは動いていません。

枠が動く場合も二つあります。一つは相手の事業が拡大して、配分できる総額そのものが増える場合で、これはこちらの働きかけとほぼ無関係に起こります。もう一つは、こちらが担う範囲が別の枠にまたがるようになる場合です。制作の枠で受けていた仕事が設計の判断まで含むようになれば、参照される予算の区分が変わることがあります。額が桁で変わるとすれば、この経路です。

二つ目には働きかける余地があります。ただしこれは交渉ではなく、実際に担う範囲を変えるという仕事の中身の話です。額を桁で動かしたい場合、着手する場所は交渉の準備ではなく、次の案件で何を引き受けるかの側になります。

二つ目の層——配分を決めているのは、決裂したときに相手が取る手

同じ枠の中でこちらにいくら配分されるかは、こちらを外したときに相手が何をするかで決まります。代わりが見つかりにくいほど、外す手が高くつき、配分は上がります。

これは冷たい話に聞こえますが、発注する側から見れば当然の判断です。同じものが手に入るなら安いほうを選ぶ。選ばれるためにこちらも下げる。この応酬の結果として配分が決まります。

同じ形が、交渉の理論のなかで先に定式化されています。ジョン・ナッシュは1950年、二者が合意によって得るものを分け合う場面を数式で扱い、合意が成立しなかった場合に双方が得るもの——決裂点——の位置が、合意の分け方を決めることを示しました(Nash, 1950, Econometrica, 18(2), 155–162)。話術の巧拙は、この定式化に入っていません。入っているのは、決裂したときにそれぞれが何を持って帰るかだけです。

この形を目の前の取引に当てると、決裂点は具体的な形をとります。相手の決裂点は「別の誰かに頼む」であり、こちらの決裂点は「別の依頼を受ける」です。代わりが多ければ相手の決裂点は軽く、こちらに来る配分は薄くなります。代わりが少なければ相手の決裂点は重く、こちらへの配分は厚くなる。

だからこの一点は、交渉の技術より強く効きます。代わりがいない場合、交渉の技術がなくても額は上がります。相手のほうから引き止める理由が生じるからです。逆に代わりがいくらでもいる場合、どれだけ上手に交渉しても、断られて次の人へ回るだけです。

ここでよく取られる対処が「専門性を高める」です。方向としては正しい。専門性が高いほど、同じことができる人は減ります。ただし専門性には二つの種類があります。技能の高さと、扱う領域の狭さです。

技能の高さは、代わりの人数を減らします。減らし方は連続的で、上位一割に入れば代わりは一割の人数になります。ゼロにはなりません。扱う領域の狭さは減らし方が違います。特定の条件を持つ相手に対して、こちらの経験がそのまま当てはまる状態を作ると、候補の一覧そのものが短くなります。技能の順位ではなく、条件への適合で絞られるからです。

この違いは実務では大きい。技能を上げる対処は、上げ続けなければ順位が保てません。領域を絞る対処は、一度成立すると、その領域が存在するあいだ効き続けます。

とはいえ、領域を狭めれば依頼の総数も減ります。代わりがいない状態と、依頼が十分にある状態は、同時に成立させるのが難しい。ここで効くのが、依頼が来る経路を自分で持っているかどうかです。持っていれば狭い領域でも必要な件数に届き、持っていなければ狭めた分だけ細ります。

案件を仲介するサービスに依存している場合、この問題はさらに強く出ます。仲介の仕組みは条件で絞り込める形になっているほど機能するので、広い範囲を引き受けられる人のほうが表示される機会が増えやすくなります。狭めることが、その仕組みの中では不利に働きます。

だから「専門性を高めて単価を上げる」という助言は、経路の話とセットでなければ片方だけが実行されて終わります。狭めたのに依頼が来ない状態は、狭めたことの失敗ではなく、狭めた範囲に届く経路を用意していないことの帰結です。

三つ目の層——水準は、再生産の費用の側で決まっている

職能ごとの額の水準には、交渉はまったく届きません。水準を決めているのは、その稼働をもう一度用意するのにかかる費用の側です。

生み出した価値の分け前ではありません。なぜそう決まるのか、費用がどの三つに分かれるのかは労働集約型から抜け出すが解剖しているので、ここでは交渉に直接かかる帰結だけを取ります。

帰結は二つあります。一つは、追いつくための学び直しが対価の中へ最初から算入されているということです。学び続けることは前提として計算に入っているので、追いついたこと自体は上乗せの材料になりません。減点として働くのは、追いつかなかった場合のほうだけです。

もう一つは、水準が動くのは領域の基準そのものが動いたときだけだということです。他人より上手くなったという事実は、その基準に触れていません。だから技能の話をどれだけ丁寧にしても、この層の交渉材料にはなりません。

ここから、実感としてよく報告される現象が説明できます。技能が上がっても、額がそれに比例して上がらないという現象です。

この一点を身体で覚えた時期があります。音楽の専門学校を出たあと、楽曲コンペに曲を送っていました。新曲を出すアーティストのために、駆け出しの作曲家から候補を大量に集める選考です。締切に合わせて仕上げ、送る。多くの場合、何の連絡もありません。

送り続けているあいだに、腕は確実に上がりました。以前はできなかった処理ができるようになり、仕上がりの水準も上がっていきました。それでも、収入は動きませんでした。

当時受け取っていた説明は、まだ足りないから選ばれないのだ、というものでした。ですがこの説明は事実に合いません。腕は上がっていて、そのことは自分でも確かめられたからです。上がったのに動かなかったのなら、上がることと動くことのあいだに、何かが欠けていたことになります。

欠けていたのは経路です。腕が上がったという事実が額に接続するには、その事実を受け取る側へ運ぶ経路が要ります。コンペという形式では、その経路は選考する側が握っていました。こちらが持っていたのは、候補として提出する権利だけです。

この違いは、感情の整理ではありません。打つ手が変わります。報われなかったのだと考えれば、次にやるべきことはもっと認めさせることになります。経路がなかったのだと考えれば、次にやるべきことは経路を持つことになります。

交渉で実際に上がったという経験は、何を証明しているか

上がったという事実は、交渉が効くことを証明しています。条件が揃っていたことも、同時に証明しています。

上がったときに何が起きていたのかを見ると、交渉の前に条件が揃っていることが多いはずです。相手の予算に余地があった。こちらの代わりがすぐには見つからない状態だった。あるいは前回までの仕事で、こちらを外すと引き継ぎの費用が大きくなる状態になっていた。この三つのどれかが成立している場合、交渉は成功しやすくなります。

だから、交渉が無意味だという結論にはなりません。条件が揃っていても、切り出さなければ額は動きません。揃った条件を実際の額へ変換する工程が、交渉です。

交渉の位置づけは、ここにあります。回収の工程であって、条件を作る工程ではありません。回収の工程を丁寧にやることには意味があります。ただし回収できる量は、条件の側で決まっています。

正確にしておきます。条件が揃っていないときに交渉してはいけない、という話ではありません。提示された額が明らかに相場を下回っている場合、それは条件の問題ではなく、単に低く見積もられているだけです。この場合は交渉だけで解決します。

こういう場面は実際によくあります。相場を知らずに受けていた、最初に決めた額を何年も据え置いていた、値上げを一度も申し出たことがなかった。この状態にいる方にとっては、交渉の技術が最も速く効きます。

扱っているのは、二つの局面の順番です。据え置きの是正が済んだあと、そこから先が動かなくなる。その地点で「もっと上手に交渉しよう」と考えると、幅の中を往復することになります。動かなくなった地点は、技術の限界ではなく幅の端です。

この二つの局面は、外から見ると同じに見えます。どちらも単価を上げたい状態で、対処も同じ交渉です。違うのは、効くかどうかだけです。

見分ける手が一つあります。相場の分布に対して、自分の額がどこにあるか。分布の下のほうにいるなら是正の局面で、交渉が最も速く効きます。分布の上のほうにいて、それでも足りないと感じているなら端に近い局面で、交渉に期待できる幅は小さく、着手すべき場所は別にあります。

そして前者から始まって後者へ移ることは、珍しくありません。移ったことに気づかないまま同じ対処を続けるのが、この記事が扱っている状態です。対処が急に効かなくなったように感じられますが、局面が変わっただけです。

上げたあとに、準備の側が増える

単価が上がると、一件あたりの準備も増えます。増えた分は稼働時間に加算されます。

どう増えるかを一段ずつ見ます。単価が上がると、相手の期待の水準も上がります。同じ内容でも、以前より丁寧な説明を求められたり、確認の回数が増えたりします。こちらの側でも、額に見合う成果を出すために事前の下調べや提案の作り込みを増やします。だから単価が二割上がっても、一件あたりの時間が二割増えていれば、時間あたりの額は変わりません。

これは誰かが不誠実だから起きるのではありません。額が上がれば、それに見合う水準を出そうとするのは自然です。相手の側も、支払う額が増えれば期待が上がります。双方が誠実に振る舞った結果として、稼働が重くなります。

ここに、単価を上げるという対処の性質が現れます。繰り返すほど、次の対処が高くつく。単価を上げれば準備が増え、増えた準備は稼働時間を圧迫し、圧迫された分を取り戻すためにまた上げる。同じ位置に戻るたびに、条件が前回より重くなっています。

だから、この対処は放っておいても改善に向かうとは限りません。改善する場合と、同じ場所に戻る場合の両方があります。どちらになるかは、上げたあとに準備が増えたかどうかで決まります。

判定は単純です。単価を上げる前と後で、一件あたりに使っている時間を比べる。時間が同じなら改善は残ります。時間も増えているなら、比率としては据え置きです。

この比較には記録が要ります。記録がない場合、比較は感覚で行われます。感覚は、この局面では当てになりません。額が上がったという事実が先に来るので、状況が改善したと感じます。一方、一件あたりの時間が二割増えたことは日々の中で少しずつ起こるので、変化として認識されにくい。片方は一度に、もう片方は徐々に起きます。

だから、上げる前に一件あたりの時間を控えておくことには意味があります。金額の記録は誰でも残していますが、時間の記録は残していないことが多い。残していない側にこそ、変化が現れます。

増えた準備を減らせばよいのではないか、という手もあります。減らせる場合はそれが正解です。ただし減らすと期待の水準を下回るので、次の依頼の側に効いてきます。

準備が増えたこと自体は、必ずしも悪いことではありません。増えた準備が仕事の質を上げているなら、その分は次の依頼や紹介に効きます。問題になるのは、増えた準備が同じ額を維持するためだけに使われている場合です。この場合、増分は外へ出ていきません。

交渉の前に、三つの層を引き直す

確かめるのは、前回から三つの層のどれかが動いたかどうかです。動いていない層に対して交渉を重ねても、幅の中を往復します。

一つ目。相手の予算の枠について、何か新しく分かったことがあるか。前回の交渉のとき、相手が枠についてどこまで話したかを思い出してください。「予算が決まっているので」で終わっているなら、枠の情報は共有されていません。金額の範囲や決め方の説明があったなら、共有が始まっています。共有が進んでいれば、届く範囲での最大値を取れます。

二つ目。こちらを外したときに相手が取る手は、前回より重くなったか。重くする道は二つありました。技能の順位を上げるか、扱う領域を絞るか。どちらもしていない場合、相手の決裂点は前回と同じ位置にあります。同じなら、配分が変わる理由がありません。

三つ目。額が決まる仕組みの外側に、何か作ったか。水準そのものは交渉では動きません。動かすには、稼働を売る以外の形で額が発生する場所を持つ必要があります。これは交渉の話ではなく、事業の形の話です。

三つとも「いいえ」であれば、交渉は前回と同じ幅を往復します。それでも切り出す価値はあります。前回取り切れなかった余地が残っているかもしれないからです。ただし、期待する幅は前回より小さくなります。

この引き直しには代償が一つあります。動かなかったことを幅の端として説明できるようになると、交渉そのものへの気持ちが冷えます。端が見えている場所へ何度も切り出すのは、気の重い作業です。ここは正直に書いておきます。冷えたぶんの手は、三つ目の層のほうへ回すのが筋になります。

交渉の前に見ておくのは、相手の顔ではなく、額を制約している三つの層のうち、どれが今回動いたかです。動いた層があれば、交渉はそれを額へ変換します。なければ、変換する対象がありません。

そして、交渉の技術を磨いてきたことも無駄ではありませんでした。技術は真ん中の層を取り切るための道具で、真ん中の層は現に動きます。誤っていたのは、技術が三つの層すべてに届くという前提のほうです。届く範囲が分かれば、届かない範囲に何を当てるかを別に考えられます。そして三つのうちこちらから動かせるのは二つ目と三つ目で、どちらも次の交渉までに準備するものではなく、しばらく時間をかけて作るものです。

単価という変数を動かしても収入の上限が動かない理由は一人で稼ぐ前に知っておく、時間を売る形式の上限、時間単価という指標そのものの性質は時間単価を上げても、自由にならない理由で分解しています。交渉が届かない三つ目の層は、この一本だけでは閉じません。額の水準がどこで決まっているのかは労働集約型から抜け出すが最初から扱っています。

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