成約率が悪いとき、まず提案の言い方を直している方へ/最初に触られる場面は、動かせる幅が最も狭いところである

成約率は複数の割合の積であり、診断は上流から順に当てていく

成約率という一つの数字は、四つ以上の割合を掛け合わせた結果として出てきます。掛け算の答えだけを見ても、どの因子が落ちたのかは分かりません。0.2という値は、四つが均等に落ちていても出ますし、一つだけが極端に低くても出ます。

それでも、成約率が落ちたときに最初に手が入るのは、多くの場合、最後の場面です。提案の構成、価格の出し方、締めの言葉。理由は簡単で、最後の場面だけが、こちらの記憶の中に残っているからです。

こちらが直接立ち会ったのは、その場面だけです。相手の表情も、質問の順序も、断られたときの言い方も残っています。一方、その人がどうやってここまで来たのかは、こちらの記憶に最初から入っていません。手元にあることと、原因があることは別です。

そして最後の場面は、動かせる幅が狭く、動かしたときの副作用が大きい場所でもあります。ここで使える技術は、判断の材料を増やす方向ではなく、判断の時期を動かす方向に働きます。効果は出ます。出るので、続きます。

この記事で決まることは三つあります。

一つ目は、成約率という数字の構造です。単独の指標ではなく積であること、積であるために最も低い因子だけが効くこと、そして最終値からは因子を特定できないことまでが決まります。

二つ目は、診断の順序です。四つの関門を上から順に当てる手順と、各関門を相手の言葉の形だけで判定する方法を置きます。判定に必要なのは分析ではなく、相手が最初に何を言い、どういう問いを返してきたかの記録です。

三つ目は、なぜ順序が逆になりやすいのかです。ここは意欲や能力の話ではなく、記録が下流にしか自動的に残らないという構造の話になります。記録の有無が、立てられる仮説の範囲を先に決めています。仮説が立たない領域は、検討されなかったのではなく、検討の候補として浮上していません。記録が下流にしか残らないという構造は、成約の場面だけのものではありません。上流と下流がどう分かれているのかはマーケティング設計の全体像で扱っています。

決まらないものも書いておきます。目標として置くべき成約率の値は、この記事では出せません。分母の取り方が事業ごとに違うので、同じ事業の数字ですら、数え方を変えれば数倍動きます。値を渡すことは、数え方を渡すことになります。

そして、この記事は成約率を上げる方法を並べません。同じ数字が、正反対の二つの設計から出てくるからです。上流で選別を強めても上がり、下流で説得を強めても上がります。二つは指標の上で区別が付かず、後者は成約した後の状態を悪くします。上げ方を並べることは、この区別を消すことになります。

改善策として並ぶ手は、どれも分母を動かさない

広く共有されている改善策は、実務の助言としてどれも正確です。そのうえで、全部が同じ場所に集まっています。

成約率とは、商談や提案を行った案件のうち、成約に至った割合を指します。分母を何に取るかは事業によって違いますが、分子が成約数であることは共通しています。

改善策として並ぶのは、おおむね次のものです。営業の過程を可視化する。対象を絞る。目標を設定する。手順や技術を標準化する。締めの技術を使う。加えて、相手の要求を正確に把握すること、信頼関係を築くこと、接触の後の追いかけを丁寧に行うこと。

目安として、平均は30パーセントから50パーセント程度であり、2回から3回の提案で1件が成立するのが標準的だという数字が示されることもあります。

これらが的確であることは、実際に手を動かせば分かります。過程を可視化しなければ、どこで止まっているかは見えません。要求を把握しなければ、提案の中身が合いません。

集まっている場所というのは、分母のことです。並んでいる手のうち、どれ一つとして分母には触れていません。商談が発生した後のことだけを扱っており、どういう相手が商談まで来たのかは、検討の対象になっていません。

分業としては、これで正しい場面があります。流入の側を担当していない立場では、来た相手に対してできることをするしかありません。切り分けが機能する条件が揃っているなら、疑う必要はありません。

条件が揃わなくなるのは、事業の全体を一人で見ている場合です。個人の事業では、流入も商談も同じ人が設計しています。それでも助言の形が分業を前提にしているため、分母は疑われないまま残ります。

目安の数字のほうにも、同じ性質の問題があります。30パーセントから50パーセントという値は、分母の取り方に完全に依存します。問い合わせをすべて数えるか、条件を確認した相手だけを数えるかで、同じ事業の数字が数倍変わります。比較できない数字を目安として持つと、自分の数字が高いか低いかの判定自体が成立しません。

比較できない目安を持つと、判定は実態から離れる方向へ動きます。自分の数字が目安を下回っているとき、下回っている原因を探す作業が始まります。分母の取り方が違うだけの場合でも、作業は同じように始まります。

始まった作業は、何らかの改善点を見つけます。改善点はどんな事業にも存在するので、探せば必ず出てきます。出てきた改善点に手を付ければ、数字は少し動きます。動いた分が、目安との比較が有効だったことの証拠として扱われます。

では、目安が無ければ自分の数字が良いのか悪いのかも分からないのか。外の目安と比べられないだけで、判定はできます。自分の過去の数字と比べる。分母の取り方が同じであれば、この比較は成立します。外と比べられないことは、判定できないことを意味しません。

成約率は、独立した関門を全部通った割合である

成約率とは、独立した複数の関門を、すべて通過した割合のことです。単独の割合ではなく、複数の割合が直列に並んだものの積として出てきます。

関門は、少なくとも四つあります。

第一に、扱っている問題を実際に持っている人が来ているか。持っていない人が来ていれば、その後の関門はすべて意味を持ちません。

第二に、その問題をいま扱う段階にあるか。問題は持っているが優先順位が低い人は、内容がどれだけ合っていても決めません。

第三に、こちらが渡せるものが、その人の問題に対応していると理解されているか。理解が成立していなければ、判断は周辺の手がかりで行われます。

第四に、条件が合うか。金額、時期、形式。ここで初めて、交渉と呼ばれるものが発生します。

四つの通過率を掛け合わせたものが、成約率です。掛け算なので、どれか一つが極端に低ければ、他が完璧でも全体は低くなります。

この構造には、診断上の帰結があります。最終値からは、どの因子が低いかを特定できません。最終値が同じでも、因子の落ち方は一通りに決まりません。

四つに分けて測ればよい、という手はあります。分ければ特定できます。ただし、分けて測るには、各関門の通過を記録する必要があります。最後の関門だけは、成約したかどうかとして自動的に記録されます。残る三つは、意識して記録しないかぎり残りません。

記録が非対称であることが、診断を下流に偏らせています。手元に数字があるのは最後の関門だけなので、分析は最後の関門について行われます。分析の対象は、分析する人の意欲ではなく、記録の有無が決めています。

関門を四つに切るのが唯一の分け方ではありません。取引の形によって、数も内容も変わります。二つで足りる形もあれば、六つに分かれる形もあります。変わらないのは、最終値が積であるという点だけです。

記録の非対称は、時間の非対称でもあります。最後の関門は、通過した瞬間に金額と日付を伴って残ります。上の三つは、通過したことが出来事として立ち上がりません。問題を持っている人が来たという事実は、こちらが定義して記録しないかぎり、どこにも痕跡を残さずに通り過ぎます。

そして、痕跡を残さないものは、後から遡れません。三か月前に来た相手がどの段階だったかは、記録していなければ推測するしかありません。推測で埋めた値は、埋めた側の予想と一致します。予想と一致する値からは、予想の誤りが検出されません。

積であることには、実務上の意味があります。全体を上げようとするとき、どこに手を入れるかで効き方が桁違いに変わるからです。この効き方の差は、数で確かめられます。

掛け算では、最も低い因子だけが効く

積の性質から、優先順位が一つに決まります。改善の余地が最も大きい箇所は、常に最も低い因子です。

四つの因子が0.9・0.9・0.9・0.3であるとき、全体は0.22です。0.3を0.6にすれば、全体は0.44になります。倍になります。一方、0.9のどれかを1.0にしても、全体は0.24にしかなりません。

差は10倍を超えます。同じ作業量を投じるなら、投じ先は一つに決まります。ここまでは算数の話で、異論の余地がありません。

問題は、その一つがどれかを知る手段のほうにあります。最も低い因子は、たいてい最も測られていない因子でもあります。測られていないので、低いことが分かりません。分からないものは、優先順位の候補にも上がりません。

二つが重なったとき、実務には特徴的な計画が出てきます。すべての因子を均等に改善しようとする計画です。作業量の配分としては公平に見えます。効果の配分としては、極端に非効率です。

均等な配分が出てくるのは、どれが低いかを知らないときだけです。知っていれば、均等にする理由がありません。したがって、均等な計画が出てきたこと自体が、測っていないことの証拠として読めます。

もう一つ、積には非対称な性質があります。高い因子をさらに高くしても、全体はほとんど動きません。0.9を0.95にする作業は、実際にはかなり難しくなります。難しい作業に取り組んで、全体は1パーセントしか動きません。

そして、この難しい作業は手応えを伴います。提案の構成を精密にする作業には、明確な進歩の実感があります。実感の大きさと、全体への寄与の大きさが、逆の順に並びます。

では、低い因子が二つ以上あったらどうするか。順序は上流からです。上流の因子は、下流の因子の分母を作っているからです。第一の関門を通る人が増えれば、第二・第三・第四の関門を通る実数も増えます。逆は起きません。

ただし、上流を直すと下流の割合は下がることがあります。通る人が増えれば、その中で落ちる人も増えるからです。割合は下がり、実数は増えます。割合だけを見ていると、上流の改善が失敗として記録されます。

この読み違いは、上流に手を入れた直後にだけ起きます。時期が分かっているので、防げます。上流を触った月の下流の割合は、前月と比べない。比べるのは実数のほうです。そして、割合が戻るまでの期間は、通過にかかる時間の長さで決まります。判断が数週間かかる取引なら、割合が落ち着くまで数週間はかかります。この期間を待たずに下流を直すと、上流の効果と下流の操作が同じ月に重なり、どちらが効いたかを後から分けられません。

最初に触られるのは、最も鮮明に思い出せる場面である

診断の順序が下流から始まるのは、怠慢や無理解によるものではありません。その場面が、最も鮮明に記憶されているからです。

商談は、こちらが直接立ち会った出来事です。その場の細部は手元に残り、そこへ至るまでの経路は最初から入っていません。

記憶の量が、原因の推定を偏らせます。詳しく思い出せる場面には、原因として指名できる要素がたくさんあります。思い出せない過程には、指名できる要素がありません。候補の数が違えば、選ばれる側は決まります。

最下流の改善には、たいてい何らかの効果が出ます。提案の構成を整えれば、伝わり方は良くなります。効果が出るので、その方向が正しいという確認になります。

確認が繰り返されると、上流を疑う理由が減っていきます。下流で改善が続いている間、上流の検討は「まだ手を付けていない領域」ではなく「必要のない領域」として扱われるようになります。この移行は、判断としては行われません。単に、検討の候補から静かに外れます。

下流に原因がある場合も、実際にあります。提案の構成が破綻していることも、条件の提示の仕方が誤解を生んでいることもあります。下流を見ることが誤りなのではなく、下流から見始めて下流で止まることが問題です。

上流は自分で作った経路なのだから、どんな人が来ているかは分かっているはずだ——この見方には、一点だけ穴があります。設計として意図した相手は分かっています。実際に来ている相手が意図と一致しているかは、別の情報です。

そして、この二つは自然にずれます。書いたものは、書いた側の想定より広い範囲に届くからです。ずれの方向も、たいてい同じです。より一般的な関心を持つ層のほうが数が多いので、そちら側からの流入が増えます。意図した相手は、その中に少数として混ざります。

この状態は、全体の数字を見ているかぎり検出できません。検出されるのは、商談の場面で「思っていたのと違う相手だった」という実感としてです。実感は個別の記憶として蓄積され、構成の情報にはなりません。

下流から始めることには、一つ利点があります。効果の確認が速いことです。この利点は実在するので、下流から始めること自体を否定する必要はありません。決めておくべきなのは、下流で効果が出なかったときに上流へ進む手順のほうです。手順を先に決めておけば、進むかどうかがその場の判断にならずに済みます。

事前の割合は、目の前の一件に負ける

この偏りには、心理学の裏づけがあります。

ダニエル・カーネマンとエイモス・トヴェルスキーは1973年の研究で、人が確率を判断するとき、事前の割合を軽視する傾向を示しました(Kahneman & Tversky, 1973, Psychological Review, 80(4), 237–251)。実験では、職業の構成比が既知の集団から選ばれた人物についての描写が提示され、その人がどちらの職業かを推定させています。

参加者の推定は、集団の構成比をほとんど反映しませんでした。判断は、人物描写がどちらの職業の典型に似ているかによって行われていました。似ているかどうかで判断する働きを、著者らは代表性による判断として整理しています。

この形が、成約率の診断にそのまま現れます。直近の商談の内容は、鮮明な「人物描写」です。そこから原因を推定すると、推定は描写の中身に沿って行われます。そもそもどういう構成の相手が来ているのかという事前の割合は、判断に入りません。

実務では、こう現れます。断られた3件のうち2件で価格に触れられたとき、価格が原因だという推定が立ちます。立った推定は実感を伴っているので強い。一方、その3件が、そもそも予算の段階に来ていない層から来ていたという可能性は、検討されません。

この研究が示しているのは、実験の条件で観測された判断の傾向であって、事業判断がすべて同じ形になるという主張ではありません。実際の事業判断は、繰り返しの経験を伴う点で実験場面と違います。繰り返しがあれば、事前の割合が経験として蓄積されることもあります。移せるのは、手元にある描写の鮮明さが判断の重みを決めるという向きだけです。

そのうえで、蓄積が起きるには条件があります。来た相手の構成が記録されていることです。記録が無ければ、繰り返し経験しても蓄積されるのは商談の場面の記憶だけになります。蓄積の対象が偏っているかぎり、経験を重ねても偏りは補正されません。

個別の場面から作られた原因には、対処も個別の場面に対して設計されるという性質が付きます。価格に触れられたことが原因だと推定されれば、価格の説明の仕方が改善されます。

改善された説明は、次の商談でも使われます。次の相手が予算の段階に来ていれば、説明は効きます。来ていなければ、効きません。効かなかった場合、説明がまだ足りなかったという推定が立ちます。

この経路には、終わりがありません。説明を厚くする作業は、いくらでも続けられます。そして、厚くするほど、予算の段階に来ていない相手には長く感じられます。長く感じられると、そこで離れます。離れた分だけ、残った相手は予算の段階にいる人になります。

結果として、数字は改善します。改善した理由は説明の質ではなく、離脱による選別です。二つは数字の上で区別が付きません。

上流から下流へ、四つの問いを順に当てる

四つの関門は、上から順に当てます。判定に使うのは、相手が言ったことだけです。こちらの分析も、記憶に残った印象も、この工程には入りません。

第一の問い。来ている人は、扱っている問題を実際に持っているか。

確認の方法は、来た人が最初に何を言うかを見ることです。問題の記述から始まるなら、持っています。こちらのサービスについての質問から始まるなら、その人は問題ではなく手段を探しています。手段を探している人は、比較の対象を並べている段階にあります。

第二の問い。その問題を、いま扱う段階にあるか。

確認の方法は、期日の有無です。いつまでに、という言葉が相手の側から出るなら、段階に来ています。出ないなら、問題は認識されているが優先順位が確定していません。

第三の問い。渡せるものが、その問題に対応していると理解されているか。

確認の方法は、相手が返してくる問いの中身です。「自分の場合はどうなるか」という問いが返るなら、理解は成立しています。「他ではどうなのか」「実績はどのくらいか」という問いが主なら、判断は比較の側で行われようとしています。

第四の問い。条件が合うか。

ここまで来て初めて、金額と時期の話になります。上の三つが通っていれば、この段の交渉は範囲についての話に、通っていなければ総額についての話になります。どちらの形で交渉が始まるかが、上流の状態を示しています。

四つに共通する性質は、判定の材料が相手の側にしかないことです。こちらが分析して推定するのではなく、相手の言葉の形を見るだけで済みます。

この性質が、記録の負荷を下げます。四つの項目について、相手の第一声と、返ってきた問いの種類だけを書き留めておけば、後から構成が読めます。詳細な議事録は要りません。

相手の言葉はその場の流れで変わるので、それだけで判定してよいのか、という疑いは残ります。一件では判定できません。十件を並べたときに、形の分布が出ます。分布は、一件ごとの揺らぎを超えて安定します。判定しているのは個々の商談ではなく、来ている相手の構成です。

四つの問いを当てる時点は、商談が終わった後ではありません。終わった後に思い出して書くと、書かれるのは印象のほうになります。第一声と、返ってきた問いの種類は、その場で一行ずつ書けます。

この順序で確認しても、原因が一つに絞れるとは限りません。複数の関門が同時に低いこともあります。絞れないこと自体は失敗ではありません。最下流だけを見ていた状態から、四つのうちどれかに範囲が狭まっていれば、診断は進んでいます。

記録が下流にしか残らないので、仮説も下流にしか立たない

なぜ上流の検討が後回しになるのかを、意欲ではなく記録の側から説明します。

下流には、自動的に記録が残ります。成約したかどうかは、取引の発生として残ります。金額も、日付も残ります。記録しようと決めなくても残るものです。

上流の記録は、聞いて書き留めた分しか残りません。来た人がどの問題を持っていたか、どの段階だったか、何を期待していたか。これらは、聞いて書き留めなければ消えます。

この非対称は、分析の入力を決めます。分析は、記録があるものについてしか行えません。記録の無い領域は、分析の対象として浮上しません。浮上しないので、そこに原因があるという仮説自体が立ちません。

上流の記録を取ろうとすると、作業が増えます。増えた作業の見返りは、すぐには出ません。記録は、一定量が溜まって初めて構成として読めるようになるからです。

したがって、記録を取り始める判断は、その時点では何の効果も持たない作業として現れます。効果が出るのは、数か月後になることもあります。効果が出るまでの期間、下流の改善は同じ期間に効果を出し続けます。比較すれば、下流のほうが常に正しく見えます。

一件ずつ記録するのは規模が小さいうちしかできないのではないか、という懸念は当たっています。ただし向きが逆で、これは記録を始める理由になります。規模が小さいうちにしか、一件ずつの記録は取れません。増えてから始めようとすると、量が多すぎて着手できません。そして、小さいうちに取った記録があれば、増えた後の集計が何を意味しているかが読めます。

すべての項目を記録する必要はありません。四つの関門のうち、どれが怪しいかの見当が付いているなら、その一つだけを記録すれば足ります。全項目を記録しようとして着手が遅れるより、一項目でも始めるほうが早く読めるようになります。

記録の対象にも、同じ非対称があります。記録が要るのは、成約した相手についてだけではありません。成約しなかった相手についての記録のほうが、診断には効きます。

ところが、記録が残りやすいのは成約した相手のほうです。取引が始まれば、その相手についての情報は自然に蓄積されます。成約しなかった相手は、そこで接点が終わります。終わった時点で、書き留めておかなければ何も残りません。

したがって、記録は成約した側に偏りやすくなります。偏った記録から構成を読むと、読めるのは「成立した取引の特徴」です。成立しなかった取引の特徴は、そこには入っていません。

残った側だけを見て判断すると、判断は残る条件を再生産する方向へ揃います。成立した取引に共通する特徴を強めれば、同じ種類の取引は増えます。増えない範囲は、増えないまま記録にも現れません。

最後の場面でしかできないことは、実際には少ない

下流の操作には、二つの性質があります。幅が狭いことと、副作用が大きいことです。

幅が狭いというのは、動かせる範囲に限りがあるという意味です。提案の構成を整える操作は、伝わり方を良くします。ただし、伝わり方が良くなっても、伝えている中身がその人の問題に対応していなければ、判断は変わりません。

副作用が大きいというのは、下流の操作が判断の質に直接触れるからです。最後の場面で使われる技術——決定を促す言い方、選択肢の提示の順序、期限の提示——は、いずれも判断の時期や方向に働きかけます。

外から供給された理由で判断が決まる構造は、プロダクトローンチで扱いました。最下流の技術は、同じ操作を一対一の場面で行うものです。

効果は出ます。出るので、続けられます。続けると、成約した相手の構成が変わります。内容で判断した人の比率が下がり、場面で判断した人の比率が上がります。

構成が変わったことは、成約率には現れません。現れるのは、その後です。取引が始まった後の不一致、途中での中断、次の依頼が来ないこと。いずれも、成約率とは別の指標として記録されます。

下流の技術がすべて判断を歪めるわけではありません。何が決まっていないのかを言語化する、次に何が起きるかを事前に示す、判断に必要な情報を整理して渡す。これらは判断の質を上げる操作です。

分ける基準は、その操作が判断の材料を増やしているか、判断の時期を動かしているかにあります。材料を増やす操作は上流に効き、時期を動かす操作は下流でしか働きません。

この区別には、実務上の使い道があります。材料を増やす操作は、商談の外へ移せます。判断に必要な情報を整理して渡す作業は、事前に文章として渡しておけば済みます。移せる操作は、上流の工程です。

時期を動かす操作は、その場でしか行えません。事前に渡しておくことができません。移せない操作が、最下流に固有の操作です。

したがって、最下流でしかできないことを数えると、実際には非常に少なくなります。多くは上流へ移せます。移した分だけ、商談の場面で行う判断は減ります。減った場面では、決めるのは相手の側になります。

上流へ移す作業には、手応えを下げるという代償が付きます。事前に材料が揃っている相手との商談は、確認だけで終わります。確認だけで終わる商談は、こちらが何かをした実感を伴いません。実感が無いと、その工程は不要だったように見えます。

成約率は、正反対の二つの設計で同じように上がる

成約率は、上がればよいという指標ではありません。

四つの関門のうち、第一の関門——扱っている問題を実際に持っている人が来ているか——は、選別の機能を持っています。選別が働けば、対象でない人はそこで止まります。止まった人は、商談まで来ません。

分母の取り方によっては、選別が働くほど成約率は上がります。商談に来た人だけを分母にする場合、上流で選別されていれば、来た人はほぼ全員が対象です。

逆に、選別を弱めると成約率は下がります。対象でない人が商談まで来るからです。この下降は、悪化ではありません。判定が下流に移っただけです。

したがって、成約率を目標に置くと、上流の選別を強める方向と、下流で説得を強める方向の、両方で数字が上がります。二つは正反対の設計ですが、指標の上では区別が付きません。

選別を強めれば成約率は上がるが件数は減る、という指摘は正しいものです。ただし、件数が減ることと、成立した取引の総量が減ることは別です。対象でない相手との商談に使われていた時間が空きます。空いた時間が上流に回れば、来る人の数が増えます。

これは自動的には起きません。空いた時間が何に使われるかは、別の判断です。判断が無ければ、空いた時間は下流の改善に使われます。そこが手元にあるからです。

選別を強めることが常に正しいわけでもありません。上流の選別は、こちらが持っている基準で行われます。基準が狭すぎれば、対象である人まで止めます。

そして、止まった人はこちらに現れません。選別を強めすぎたことは、成約率の上昇としてしか観測されません。上昇は良い知らせに見えるので、強すぎることの合図にはなりません。

したがって、選別の強さは成約率では判定できません。判定するには、全体の件数と合わせて見る必要があります。成約率が上がり、成約の件数も上がっているなら、選別は適切です。成約率だけが上がって件数が横ばいなら、選別は対象も止めている可能性があります。

四つの関門のうち、目標に置いてよいのは第三の関門だけです。理解が成立する割合は、上げても副作用がありません。第一と第二は選別なので、上げ下げの方向が事業の設計によって変わります。第四は条件なので、上げると条件を譲ることになります。

目標に置ける関門が一つしかないという事実は、指標としての成約率の使い道をほぼ決めます。全体の値は、目標ではなく観測の対象になります。動いたときに、四つのうちどれが動いたのかを問う入口として使う。この使い方であれば、正反対の設計が同じ数字を出すことは問題になりません。どちらの設計で動いたのかを、そこから確かめに行けるからです。

診断が進んだかどうかは、断られ方の変化に出る

確認に使うのは、成約率そのものではありません。断られ方の側です。

第一の指標は、断られた理由の分布が変わったかどうかです。診断の前と後で、断られる理由が同じなら、触った場所は原因ではありませんでした。理由が別のものに移っていれば、前の関門は通るようになっています。移った先が、次に見るべき関門です。

第二の指標は、交渉が総額について起きるか、範囲について起きるかです。総額についての交渉が減り、範囲についての交渉が増えているなら、上流の理解は成立するようになっています。総額の交渉が変わらないなら、第三の関門がまだ通っていません。

第三の指標は、成約までにかかった接触の回数です。回数が減っているなら、判断に必要な材料が早い段階で揃うようになっています。回数が変わらないまま成約率だけが上がっているなら、上がった原因は最後の場面にあります。

三つとも、成約した件数ではなく、成約に至る過程のどこが変わったかを見ています。成約率が複数の割合の積である以上、確認すべきは因子の側だからです。

三つとも質的な観察であって数字ではない、という見方はできます。ただし、三つとも数えられます。断られた理由は分類して件数を出せます。交渉の対象も、総額か範囲かで分けられます。接触の回数はそのまま数字です。数えにくいのではなく、自動的には集計されないだけです。

自動的に集計されるものだけを指標にすると、指標は計測の都合で決まります。成約率が主指標になりやすいのは、それが自動的に出てくる数字だから、という面があります。その理由は、指標の適切さとは無関係です。

なお、そもそも売れていないという状態を、症状として分解する手順は、売れない原因の診断手順で扱います。

目標として置くべき値は、分母の取り方に丸ごと依存します。数え方が変われば、同じ事業の数字ですら数倍動きます。何パーセントを目指すかという問いは、値を決める前に数え方を決める問いに変わります。

四つの数を掛けた結果が、いま手元にある一つの数字です。掛け算の中身と、そのどこが記録されていてどこが記録されていないか。この二つを分けずに、記録されている側だけを見ているかぎり、原因の候補は最後の関門から動きません。

だから、いま自分が触っているのが四つのうちどれなのかを、一度だけ確かめてみてください。答えが第四だけであれば、次に確かめるのは、他の三つについて記録があるかどうかです。

上部へスクロール