仕事を辞めたい焦り

「仕事辞めたい」その焦りはあなたのものか|名前のない不安の正体

はじめに

仕事を辞めたい。このままでいいとは思えない。かといって、次に何をすればいいのかも、はっきりとは分からない。ただ、胸の底に「このままではまずい」という感覚だけが、居座っている。この焦りに追われて、資格を調べ、転職サイトに登録し、副業を探す。動いているあいだは、少しだけ前に進んだ気がする。けれど、その感覚は数日で褪せ、また「まだ足りない」という声が戻ってきます。

本記事が扱うのは、仕事を辞めるべきかどうかの診断ではありません。「このままではまずい」というその焦りが、どこから来て、なぜ、動いても消えないのか、その構造です。

結論を先に示します。あなたを動かしているその焦りは、あなたの内側だけで生まれたものではないかもしれません。そして、不安を消すために起こしていた行動が、実は、不安を消すどころか、不安を養っていた可能性があります。

「このままではまずい」という、名前のない焦り

仕事を辞めたいと感じるとき、その不安には、たいてい明確な形がありません。何が起きるのが怖いのか、と正面から問われても、はっきりとは答えられない。ただ、漠然と「このままではまずい」という感覚だけが、胸の底に居座っている。締め切りのある恐怖ではなく、輪郭のない焦りです。

この焦りには、典型的な言い回しがあります。「取り残されるのではないか」。「自分だけが立ち止まっているのではないか」。どれも、他人との比較と、時間の経過への恐れが混ざり合っています。そして、この名前のなさこそが、キャリア不安のもっとも厄介な性質です。対象がはっきりした恐怖なら、対処すれば消えます。けれど、対象のない焦りは、何をしても「まだ足りない」という声を残し続けます。

この焦りを動かしているのは、能力の不足というより、不足しているという感覚のほうです。二つは似ていますが、別物です。能力の不足は、測ることができます。ところが「不足しているという感覚」には、底がありません。なぜなら、その感覚は自分の中の何かと比べて生まれているのではなく、絶えず動く外の基準と比べて生まれているからです。外の基準が動き続ける限り、感覚もまた、決して充足に達しません。

その焦りには、供給者がいる

ここで、視点を大きく動かしてみましょう。あなたの焦りを、あなたの内側から生まれる自然な感情としてではなく、外側から供給される何かとして眺めてみるのです。

一つの実験を思い浮かべてください。もし、あなたが一切の情報から遮断された場所で一週間を過ごしたら——交流サイトも、ニュースも、広告もない場所で——あなたの「取り残される」という焦りの、あの鋭さは、いまと同じ強さで存在し続けるでしょうか。将来への漠然とした心配まで消えるとは言いません。けれど、あの鋭さは、数日もすれば、驚くほど鈍っているはずです。なぜなら、その鋭さを絶えず補充していた供給源から、切り離されるからです。焦りが鈍るのは、あなたが立派になったからではなく、その燃料の供給が止まったからです。

いまの時代、不安の供給は、かつてないほど、一人ひとりに合わせて行われています。あなたが夜に検索した言葉は記録され、翌朝には、その言葉に合わせた広告となって戻ってくる。あなたの不安の芽を、装置が検知し、その芽に水をやる情報を、休みなく届けてくる。供給が個別化したぶん、それは「自分の内側から湧いた、自分だけの感情」と、いっそう見分けがつかなくなっているのです。

▸ この「不安は感情でなく設計された地形だ」という論点は、将来が不安なのは弱さではないで深く扱っています。

不安を消すはずの行動が、不安を養っていた

ここに、直感に反する結論があります。不安を消すために起こしていた行動が、実は、不安を消すどころか、不安を養っていたのです。

一つ資格を取れば、まだ取っていない資格が見え、一つスキルを覚えれば、次のスキルが視界に入る。動くことは、不足のリストを短くするのではなく、むしろ、そのリストを更新し、延長する働きをしていました。あなたが払った代金は、不安を消すためのものでしたが、その代金は、不安を作り出す側の活動を支える資金になる。あなたが管理を買えば買うほど、不安を供給する仕組みは潤い、次の不足を作り出す力を蓄えます。消費者であるあなたが、自分の不安を養う費用を、自分で負担している。この閉じた円環こそが、動いても不安が減らないという現象の、正体でした。

この往復の中にいるとき、人はたいてい、自分を責めます。「動いているのに不安なのは、自分の準備がまだ足りないからだ」と。けれど、少し立ち止まって考えてみてください。あなたと同じように動き、同じように不安を抱えている人が、あなたのまわりに何人いるでしょうか。おそらく、驚くほど大勢います。これだけ多くのまじめな人々が、同じように動き、同じように不安を減らせずにいるとき、それを全員の準備不足で説明するのは、無理があります。個人の問題に見えるものが、これほど広く共有されているとき、疑うべきは個人ではなく、その全員を同じ場所に立たせている構造のほうです。

まとめ:辞める前に、火元を見る

「仕事を辞めたい」という焦りが動いても消えないのは、その焦りが外から供給され、消すはずの行動が不安を養っていたためでした。辞めるべきか否かを診断する前に、まず確かめておきたいことがあります。この焦りは、本当にあなたのものなのか、それとも、供給されたものなのか、です。

辞めることが正しい選択である場面は、確かにあります。心身を損なう環境からは、迷わず離れるべきです。けれど、その決断を「焦りに追われて」するのか、「火元を見たうえで」するのかで、行き着く場所はまるで違ってきます。焦りに追われた選択は、次の職場にも同じ不安を運んでいく。まず、自分を焦らせている火が、どこから来ているのかを見定めること。その全体の設計図を、次の一歩として受け取ってください。この焦りがキャリア不安全体でどう働くかは、キャリアアップしても将来の不安が消えない構造にまとめています。

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参考文献

【学術論文・理論】

  • Kahneman, D., & Tversky, A. “Prospect Theory: An Analysis of Decision under Risk”(1979)Econometrica, 47(2)
  • Cialdini, R. B. Influence: The Psychology of Persuasion(2007)Harper Business
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