影響力の法則が再現できない理由

影響力の法則を学んでも再現できない理由|状況という抜けた変数

はじめに

『影響力の武器』に整理された原理の要約や、実務への応用例については、すでに情報が揃っています。本記事が扱うのは、その先にある問いです。原理を正確に理解した人ほど、なぜ現場で再現できないのか。

多くの人は、この結果を自分の実践不足として受け取ります。理解が浅かった、使い方が下手だった、場数が足りない、と。けれども、そう解釈する前に確かめておくべき変数が一つあります。

結論を先に示します。実験室で効果が確認されることと、あなたの状況で再現できることは、別の主張です。 そして、この二つを同じものとして扱う読み方こそが、法則を学んでも変わらないという経験を、繰り返し生み出しています。

原理そのものは、疑うべき対象ではない

はじめに、はっきりさせておきます。社会心理学者ロバート・チャルディーニが整理した六つの原理——返報性、一貫性、社会的証明、好意、権威、希少性——は、実験によって繰り返し確認されてきた影響の傾向です[Cialdini, 1984]。何かを受け取った人は返したくなる。一度表明した立場とは矛盾しにくくなる。多くの人が選んでいるものを選びやすくなる。

これらは、恣意的な思いつきではありません。批判すべきは原理の側ではなく、原理をどう読むかの側です。

実験が示しているのは、「他の条件をそろえたとき、この要因を加えると反応がこちらへ傾く」という限定的な主張です。ところが実務の言説では、これがしばしば「この原理を使えば人は動く」という無条件の主張へ置き換わります。条件をそろえるという前提が、静かに落ちています。

有効なスタイルは、状況によって反転する

この落ちた前提が、どれほど大きいのか。組織行動論には、それを正面から扱った研究があります。

心理学者フレッド・フィードラーが提示した条件適合理論は、リーダーシップの有効性が、その人のスタイル単体では決まらないことを示しました[Fiedler, 1967]。指示的で統制的なスタイルが有効に働く状況と、参加型で協調的なスタイルが有効に働く状況とは、明確に異なる。

リーダーとメンバーの関係が良好で、課題の構造が明確で、権限が強い状況では、あるスタイルが効果を発揮します。ところが、これらの条件のいずれかが崩れると、同じスタイルがむしろ逆効果になり、別のスタイルの方が成果を上げます。

つまり、優れた関わり方とは、特定の型そのものではなく、型と状況の組み合わせによって決まる現象です。状況という変数を抜き取ったまま、型だけを取り出して「これが正解だ」と語ることは、方法論として最初から成立していません。

「いつでも効く」という装いが、なぜ好まれるのか

それでも、書店には「成功する人の何々の法則」「優れたリーダーの何々の習慣」が並び続けています。

理由の一つは、状況という変数が、あまりに複雑で言語化しにくいことです。「関係の質」「課題構造の明確さ」「権限の強さ」を読者一人ひとりの現場に当てはめて説明するのは、骨の折れる作業です。一方「この二十一の法則を守れば成果が出る」という型は、状況を無視できる分だけ、誰にでも当てはめやすく、教えやすく、売りやすい。複雑な条件を省くことは、伝わりやすさと引き換えに、正確さを差し出しています。

もう一つの副作用は、効かなかったときの解釈に現れます。法則を実践しても成果が出なかったとき、「この法則は特定の状況にしか当てはまらない限定的な知見だった」とは、まず語られません。代わりに「実践が徹底されていない」「理解が浅い」という、読者本人の未熟さとして処理されます。

状況適合という視点が抜けたまま法則を絶対視すると、法則が効かなかったすべての事例が、法則の限界の証拠ではなく、実践者の未熟さの証拠として回収されていきます。

▸ 全体設計図を先に——個別論点の位置づけを先に把握したい場合は構造的自律とは何かからお読みください。

そもそも、その法則はどう作られたのか

もう一段さかのぼると、法則の作られ方そのものにも歪みがあります。

多くのリーダーシップ本は、同じ手順で作られています。業績を伸ばした企業や名を知られた経営者を何人か選ぶ。その人たちに共通する話し方や決め方を洗い出す。共通点を「優れたリーダーの条件」として一覧にまとめる。帰納法の体裁は整っています。

けれども、集められているのは最初から成功した人だけです。十人集めれば、二つや三つの共通する習慣は必ず見つかります。問題は、その共通点が成果をもたらした原因なのか、たまたま成功した人にたまたま共通していた特徴なのかを、この手順では区別できないことです。区別するための比較対象——同じ習慣を持ちながら成果に届かなかった人たち——が、標本に含まれていないからです。

比較対象を探す作業には手間がかかり、しかも物語として売れません。「声の大きさが成功をもたらした」は記憶に残りますが、「声が大きくても成果が出なかった人が九割いた」は講演の題材になりません。

さらに、技術と成果の両方を同時に生んでいる第三の要因もあります。市場全体が拡大していれば、多少判断に粗さがあっても事業は伸びますし、伸びている実感があれば言葉には自然と力が宿ります。この場合、力強い統率は成果の原因ではなく、市場という共通の原因から生まれたもう一つの結果です。 組織の成果をリーダー個人へ帰属させたくなる傾きそのものについてはカリスマ性は身につくのかで扱っています。

読み方を、処方から検出器へ

では、原理を学ぶことに意味がないのかというと、そうではありません。読み方の向きを変えると、同じ知識がまったく別の役割を果たします。

六つの原理を「自分が何をするかの処方」として読むと、状況という変数が抜けたまま実行することになり、再現しません。ところが同じ原理を、「いま自分に何が働いているかの検出器」として読むと、話が変わります。

先に不安を高め、その直後に希望を売る。権威の記号を並べてから提案する。多くの人が選んでいると示してから決断を迫る。言説の順序を見れば、そこで何が起きているかは読めます。 原理の知識は、こちらを操作する試みに気づくための道具としては、極めて有効です。

そして、この読み替えには副次的な効果があります。自分が誰かに対して同じ順序を使おうとした瞬間に、気づけるようになる。 検出器は、外側にも内側にも同じように働きます。

まとめ:抜けているのは、あなたの実践量ではない

影響力の原理を学んでも再現できないのは、理解が浅いからでも、場数が足りないからでもありません。実験が置いていた条件が、あなたの現場では成立していないからです。

有効なスタイルは状況によって反転します。法則の多くは、成功した人だけを集めた標本から抽出されています。技術と成果の両方を、市場や巡り合わせが同時に生んでいる場合もあります。これらの変数を視界に戻すと、「もっと精度を上げれば効くはずだ」という前提の側が崩れます。

その上で、知識は捨てる必要がありません。処方として使うのをやめ、検出器として持ち直せばよい。何が自分に働きかけているのかが見えるようになると、次にどの技術を学ぶかという問いから、静かに降りることができます。

関わりの設計そのものについてはコミュニティ・リーダーシップ論意味づけとリーダーシップを、能力の高め方という問いの立て方についてはコミュニケーション能力を高めても空回りする理由を参照してください。

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参考文献

【学術書・原著】

  • Cialdini, R. B. Influence: The Psychology of Persuasion(1984)/社会心理学における影響の六原理
  • Fiedler, F. E. A Theory of Leadership Effectiveness(1967)McGraw-Hill

【学術論文】

  • Meindl, J. R., Ehrlich, S. B., & Dukerich, J. M. “The Romance of Leadership”(1985)Administrative Science Quarterly, 30(1)
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