満足しているのに止める人がいます。不満を口にしながら、何年も続けている人がいます。
この二つは、どちらも珍しくありません。それでも、継続率を扱う説明の多くは、この二つを説明できません。説明の枠組みが「満足が一定の水準を超えていれば続き、下回れば止まる」という形をしているからです。枠に収まらない観測は、例外として処理されます。例外として処理されたものは、次の改善案の材料になりません。
差がついているのは、中身そのものとは限りません。その中身が何のためにあるのかの理解が、相手の側で共有されているかどうかです。理解が共有されていれば、期待どおりでない回があっても関係は続きます。共有されていなければ、内容が良い回でも「今回は良かった」で終わり、次に繋がりません。一回ごとの満足が積み上がらないのは、積み上げる枠が相手の側に無いからです。
先に、この記事が解く範囲を書きます。決着が付くのは三つです。継続率という数字が実際に数えているものは何か。満足度とは無関係に継続を作っている要因が何で、それがなぜ数字の上では区別できないのか。そして、いまの数字のうちどれだけが摩擦で保たれているかを、どう切り分けるか。
答えの出ないものも先に置きます。あなたの事業で継続率が何パーセントあれば健全かという問いには、この記事は答えを持ちません。提供の間隔と契約の単位によって、同じ数値の意味が変わるからです。継続率を上げる施策の一覧も扱いません。一覧の側は既に十分に流通しており、そこに一つ足しても、上がった分が何でできているかは相変わらず分からないままです。
実害の出る場所ははっきりしています。数字が上がったときに、その上昇が何でできているかを分けられない状態です。判定できないまま運用を続けると、費用の安いほうへ設計が静かに寄っていきます。誰も選んだ覚えがなくても寄ります。
この判定が付かない期間は、そのまま設計の自由度が失われていく期間でもあります。止めにくさは足すことはできても、後から引くと数字が落ちるからです。落ちる操作は、いつ実行しても損に見えます。
隣に、同じ現象を別の単位で数えた記事が二つあります。同じ人が二度目を買うかどうかという契約を伴わない反復の側はリピート率が観測しているのは、まだ続いているという状態である、打てる手の一覧とそれを一通り実行し終えた後に残るものはリピート施策が一巡した後に残るものにあります。
📖 目次
継続率について、いま共有されている説明
下がる要因と改善策は対で案内されており、その対が継続を「満足の蓄積」として扱っています。
継続率とは、ある期間の開始時にいた顧客のうち、期間の終了時にも残っている人の割合を指し、リテンション率や顧客維持率とも呼ばれます。計算式は、期間終了時の継続顧客数を期間開始時の顧客数で割り、百を掛けた値です。
月額で提供する形式、会員制の形式、継続利用を前提とした形式で、最も重視される指標の一つとして扱われています。維持のほうが獲得より安く付く、という比較が、重視の根拠として添えられます。
下がる要因として案内されるのは、おおむね次のものです。商品やサービスの品質が期待に応えられていない。サポートの対応が薄い。使い方が分からないまま放置されている。期待と実態のずれが、離脱の主因として説明されます。
改善の方法は、要因の裏返しとして示されます。第一に、サポートの充実です。問い合わせへの応答を速くする、対応の窓口を増やす、よくある質問を整備する。第二に、品質の向上です。提供している内容そのものを良くする。第三に、定着の工程です。使い始めの段階で正しく使えるところまで案内する。ここでつまずくと、その後の利用が続かないという説明が添えられます。
三つとも、現場の助言として外していません。応答が遅ければ離れますし、使い方が分からなければ使われません。定着の工程が継続に効くことも、多くの領域で観測されています。
三つの下にも、共通する前提が置かれています。いずれも、継続を「満足の蓄積」として扱っています。ある水準を超えた満足があれば続き、届かなければ止まります。水準を上げる操作が、そのまま継続率の改善策になる、という構図です。
満足が低ければ止まる、という部分は事実に合っています。ずれているのは、その逆が言えない点です。満足が高ければ続く、とは言えません。満足しているのに止める人と、不満を言いながら続ける人という二つの観測が、その反例です。
反例が例外として処理される理由も、構図の側から出ています。構図が説明できるのは一方向だけなので、逆向きの観測には置き場所がありません。置き場所の無い観測は、記録されないまま消えます。消えたものは、次に同じ観測が出たときにも新規の事例として扱われます。
構図には、処方の側の帰結もあります。満足の蓄積として捉えると、処方は「もっと良くする」の一方向に固定されます。良くする方向は無限にあるので、この処方には終わりがありません。終わりが無いので、効いているかどうかの判定も出ません。
数えているのは「まだ止めていない」であって「続けている」ではない
この数字が数えているのは行動ではなく、非行動です。
置き直します。継続率とは、期間の終わりに、止める手続きを取らなかった人の割合です。
止める手続きを取らないことと、続けることは、同じではありません。前者は何もしなかった状態を含みますが、後者は含みません。数字の上では、この二つが区別されません。熱心に使っている人と、存在を忘れている人は、どちらも継続として計上されます。止める操作をしていないという一点で、同じ側に分類されます。
運用の側には、ここから帰結が一つ出ます。非行動を増やす方法は、行動を増やす方法より簡単です。止める操作を面倒にすればよいからです。解約の導線を分かりにくくする、電話でしか受け付けない、年単位の契約を既定にする。これらは継続率を上げやすくします。
「そんな設計をしている自覚は無い」という感覚のほうが、多くの場合は正確です。ただし、止めにくさは意図しなくても発生します。手続きの場所が分かりにくい、担当者に言い出しにくい、途中でやめると損に見える。設計した覚えがなくても、結果として同じ働きをします。
止めやすくすれば良い数字になる、という話でもありません。止めやすくすれば数字は下がります。言えるのは、いまの数字のうちどれだけが「続けている」でどれだけが「止めていない」かを、この指標だけでは分けられないということです。
分けられない状態は、施策の効果測定を無効にします。数字が上がったとき、関係が厚くなったのか、止めにくくなったのかを判定できません。判定できないので、どちらの方向に進んでいるかも分かりません。
分けられないことの影響は、時間が経つほど大きくなります。止めにくさは一度作ると残り続けるので、期を追うごとに数字に占める割合が増えていきます。関係の側は毎回作り直しになるため、増え方が緩やかです。同じ数字を何年も見ていると、内訳だけが静かに入れ替わります。
二つの方向は費用がまったく違います。止めにくくする側は、一度の設定変更で済み、以後の手間がかかりません。関係を厚くする側は、毎回の提供に手間がかかり続けます。
費用の差は、選択の圧力として働きます。同じ数字が同じ額で得られるなら、安いほうが選ばれます。選んだ覚えがなくても、忙しい時期に何を後回しにするかという形で、同じ選択が繰り返されます。そして後回しにされやすいのは、手間のかかる側です。
満足とは別に継続を決めている要因——乗り換えにかかる費用
満足度と継続率が直結しない理由の一つは、両者のあいだに第三の変数が挟まっているからです。乗り換えにかかる費用です。
トーマス・バーナム、ジュディ・フレルズ、ヴィジャイ・マハジャンは、2003年に、消費者が別の提供者へ移るときにかかる費用を三つの型へ整理しました(Burnham, Frels & Mahajan, 2003, Journal of the Academy of Marketing Science, 31(2), 109–126)。手続きの費用——調べ直し、設定し直し、覚え直す手間。金銭の費用——既に払った分や、失う優待。そして関係の費用——担当者や場との結び付きが切れることです。
同論文の分析で示されたのは、これらの費用が、満足度とは別に継続の意向を説明する、ということです。満足していても乗り換えの費用が低ければ移りやすく、満足していなくても費用が高ければとどまります。満足しているのに止める人と、不満を言いながら続ける人は、この一点で説明が付きます。
同研究は特定の市場の消費者を対象とした調査なので、効果の大きさはそのまま持ち出せません。三つの型の内訳も、扱っているものによって比重が違います。移せるのは、大きさではなく構造のほうです。継続の数字は、満足の関数ではなく、満足と費用の合成です。
合成であることが分かると、数字の読み方が一段変わります。継続率が高いという事実からは、二つの説明のどちらも引けます。満足が高いのか、費用が高いのか。この数字だけでは決まりません。
そして、三つの費用は同じ扱いをすべきものではありません。手続きの費用と金銭の費用は、こちらの設計で上げ下げできます。関係の費用は、上げようとして上がるものではありません。上げやすい二つと、上げにくい一つがあります。どちらを上げても数字は同じように動くので、上げやすいほうへ手が伸びます。
上げやすいほうへ手が伸びる、という傾向には、記録の側の理由もあります。手続きや金銭の費用は、こちらが設定した値としてそのまま残ります。関係の費用は、どこにも数値として残りません。残っている側だけを見て運用すると、動かしているつもりのない変数が動きます。
一つ補足しておきます。乗り換えの費用がゼロであるべきだという話ではありません。設定や履歴が蓄積されていること自体は、相手にとっての価値でもあります。分ける基準は、その費用が相手の側に何かを残しているかどうかにあります。蓄積された履歴は残っています。解約の窓口が一本しかないことは、何も残していません。
続いている状態の実体は、意味づけが共有されていることである
本当に続いている状態とは、相手の側に、これを続けている理由が言葉として存在している状態です。
理由が言えるということは、こちらが提供しているものが、相手の何かに接続されているということです。接続先の多くは、相手の側の目的です。この人は、自分が何をしようとしていて、その中でこれがどの位置にあるかを知っている。この状態を、意味づけが共有されていると呼びます。
共有されていない状態は、次のように現れます。内容についての感想は言えますが、なぜ続けているかは言えません。「役に立っています」「参考になります」は感想であって、位置づけではありません。
動機づけの研究では、外から与えられた理由による行動と、自分の目的に統合された理由による行動とで、持続の仕方が違うことが繰り返し示されています。デシとライアンが体系化した自己決定理論は、この違いを外的な調整から統合的な調整までの連続体として整理しています(Deci & Ryan, 1985/Ryan & Deci, 2000, American Psychologist, 55(1), 68–78)。意味づけの共有は、この連続体でいえば外的な調整から同一化的な調整への移行にあたります。「続けろと言われているから」ではなく「自分の目的にとって必要だから」へ、理由の所在が移ることです。
移行が起きているかどうかは、内容の質とは独立に決まります。質が高くても、相手の目的に接続されていなければ移行は起きません。質が中程度でも、接続されていれば移行は起きます。
質が要らないという話ではありません。接続が起きた後、内容が伴わなければ関係は終わります。質は必要条件であって、十分条件ではありません。
「相手の目的にこちらが立ち入るのは行きすぎではないか」という懸念には、立ち入る必要が無いという答えが付きます。接続を作るのは相手であって、こちらではないからです。こちらにできるのは、接続できる形で置くことまでです。
具体的には、こちらが提供しているものが何を可能にして何を可能にしないかを、はっきりさせることです。範囲が曖昧なものは、相手の側で位置づけられません。位置づけられないものは、良し悪しの感想でしか受け取られません。
範囲をはっきりさせると、対象から外れる相手が最初に分かります。分かることは損に見えますが、外れている相手は遅れて止まるだけです。遅れて止まる場合、その期間の分だけ双方の時間が使われています。
意味づけは、こちらから配っても共有されない
意味づけが効くと分かった後に最初に出てくる手は、効きにくいものです。理念を掲げる、世界観を語る、なぜこれをやっているかを繰り返し発信する。どれも必要な作業ですが、これだけでは共有は起きません。
理由は、共有という語の中身にあります。共有とは、同じ言葉を両方が持っている状態ではありません。相手の側の目的と、こちらが提供しているものが、相手の頭の中で接続されている状態です。接続を作るのは、こちらの言葉ではなく、相手が自分の言葉で位置づける作業です。
配ることで起きるのは、こちらの言葉が相手の記憶に置かれることまでです。置かれた言葉は、相手の目的と接続されていなければ、引用できる文として残るだけになります。
区別する手がかりがあります。相手がこちらの言い回しをそのまま使っているとき、まだ接続は起きていません。相手が自分の状況の言葉で説明しているとき、接続が起きています。「構造の問題だと分かりました」は前者です。「いまやっている仕事の受け方が、そもそも時間を売る形になっていると気づきました」は後者です。
言い回しをそのまま使うことは、理解の証拠ではあります。ただし、理解と接続は別です。理解は内容についての状態で、接続は自分の目的についての状態です。内容を正確に理解していて、自分の状況には一つも接続していないことは、起こります。
配ることが無駄だという話でもありません。材料が無ければ接続も起きません。言えるのは、配った量と接続の量が比例しないということです。
比例しないので、配る量を増やすことで解決しようとすると、量だけが増えます。発信の頻度が上がり、相手の側の処理量が増え、読まれる割合が下がる。この経路はメルマガの書き方で扱う構造に繋がります。
配ることが効く場面もあります。相手が既に自分の目的を言葉にしていて、それとこちらの提供物を結ぶ材料だけが足りていない場合です。この場合、配った材料はそのまま接続に使われます。効く場面と効かない場面を分けているのは、量ではなく、相手の側に枠があるかどうかです。
量が増えると、こちらの側にも変化が起きます。接続が起きているかを確かめる作業より、次を配る作業のほうが先に来るようになります。配る作業には締め切りがあり、確かめる作業には締め切りがありません。締め切りのある作業だけが実行されるので、確認は構造的に後回しになります。後回しが続くと、接続が起きていないまま量だけが積み上がった状態になり、その状態は数字の上では活発に見えます。
中身の質を上げても数字が動かないことがある理由
質を上げる作業と意味づけの共有には、観測できるかどうかという非対称があります。
質を上げる作業は、こちら側で完結します。時間をかければ確実に上がりますし、上がったことは自分で分かります。意味づけの共有は、こちら側で完結しません。相手の側で成立するかどうかが、こちらからは見えません。相手の側でしか成立しないという性質は、意味づけに限りません。段に並ぶものが相手の側の量だという見方はファネル全体の設計が扱っています。
改善の方向は、この非対称に沿って偏ります。見える作業は続けられ、見えない作業は後回しになります。質を上げれば上げるほど、質を上げるという方向への確信が強まります。
そして、質を上げても継続率が動かないとき、出てくる解釈は「まだ足りない」です。同じ方向をもっと進めるという解釈が、最初に出てきます。方向自体を疑う解釈は、そのぶん遅れて出てきます。
なぜ遅れるのか。質を上げたことは記録に残り、意味づけが共有されなかったことは記録に残らないからです。手元にあるのは「これだけ良くした」という記録だけです。
「良い内容であれば、意味づけは自然に伝わるのではないか」という期待は、条件付きで成立します。相手が自分の目的を既に持っている場合には、こちらが提供しているものを自分で位置づけます。目的がまだ言葉になっていない相手には、位置づける枠がありません。枠が無い状態で良い内容を受け取ると、良い体験の記憶だけが残ります。記憶は薄れ、次の必要が発生したときに結び付きません。
遅れることには、費用の面での帰結も付きます。質を上げる作業は、上げた分がそのまま次の期の原価に乗ります。接続が起きていなければ、乗せた原価は継続に変換されません。数字が動かないまま原価だけが上がる期間が、方向を疑うまでの長さだけ続きます。
これは認知科学で読み解く「変われない」で扱った、認識が目的の後に来るという順序と同じ構造です。目的が先に置かれていないと、何が重要な情報かが定まりません。
この構造は、提供する側に「良い顧客/悪い顧客」という分類を生みます。目的が明確な相手は続き、そうでない相手は止まります。すると前者を「意識の高い顧客」と呼び、後者を「合わなかった相手」と呼ぶ分類が出てきます。分類が出てきた時点で、こちら側にできることは検討の外へ出ます。
すべての相手に接続が起きるという話ではありません。目的の方向がそもそも違えば、どれだけ丁寧に置いても接続はしません。危ういのは、分類が説明として機能してしまうことです。「合わなかった」は結果の記述であって、原因の説明ではありません。説明の形をした結果の記述は、そこで問いを閉じます。閉じた問いは、次の設計の材料になりません。
「継続率の平均」や試算の表が、自分の数字の判定に使えない理由
継続率の平均値や、継続率から将来の売上を試算する表は、いずれも他人の分母の上で作られています。
業界の平均値として流通している数値は、契約の単位も、提供の間隔も、集計の期間も違う事業を混ぜたものです。月額で解約がいつでもできる形式と、年契約で更新月にしか動けない形式では、同じ「継続率」という語が別の量を指しています。混ぜた平均は、どちらの事業の判定にも使えません。
継続率のシミュレーションも同じ場所にあります。継続率をいくつか置いて将来の顧客数や売上を計算する表は、算術としては正しく動きます。入っている数字が予測であることは、出てきた表の側には表示されません。表は売上の一覧と同じ見た目で出てきます。同じ見た目のものは、同じ確からしさを持っているように見えます。
始めて日が浅い事業では、この問題がさらに強く出ます。観測できるのは、その事業が経過した長さまでだからです。一年目に置く継続率は、実測ではなく全部が仮定になります。
仮定を置かなければ判断できない、という反論は正しく当たります。危ういのは、仮定が数字の形になった瞬間に、仮定だという表示が消えることです。表に並んだ値は、実測された値と見た目が同じになります。
この段階の数字には、もう一つ性質があります。まだ結果の出ていない状態と、結果が出ないと分かった状態が、同じ値として現れます。その値を根拠に施策を打てば、育っている途中のものを失敗として畳むことになります。
試算の表には、もう一つ見落とされやすい性質があります。継続率を一つの値として置くと、集団の中の分布が消えます。平均八割という値は、全員が八割前後で残る場合にも、九割が一年で全部止まり一割が何年も残る場合にも成立します。同じ値の裏で、事業の姿はまったく違います。後者では、一割の側に何が起きているかが事業のほぼ全部であり、平均はどちらの側の値でもありません。
平均も試算も捨てろ、という話ではありません。試算は、条件を変えたときに何が起きるかを見る道具としては有効です。言えるのは、その表が答えているのは「もしこの率なら、こうなる」までであり、「この率になる」ではありません。表の外に、率をどこから持ってきたかの記録が要ります。
もう一つ、平均には比べる相手を固定してしまう働きがあります。自分の数字が平均を上回っていれば、そこで点検が止まります。上回っている中身が摩擦であっても、平均との比較はそれを教えません。比較の相手が外にあるかぎり、内訳の問いは立ち上がりません。
記録が無いまま表だけが残ると、次にその表を開いた人は、率を実測値として読みます。読んだ人が誰であれ——半年後の自分を含めて——同じことが起きます。
定着の工程が効いているのは、操作を覚えるからではない
最初の使用を正しく通せるところまで手を貸す工程は、継続率に強く効きます。効いている理由は、通常説明されているものとは違います。
「使い方が分かるから」という説明は、半分だけ正しいものです。使い方が分かることは、確かに離脱を減らします。ただし、使い方だけを覚えた相手は、使い道が変わった瞬間に止まります。操作は覚えたが、なぜそれをするのかは受け取っていないからです。
定着の工程が本当に効いているのは、その工程が、意味づけを受け渡す主な機会になっているからです。理由は単純で、使い始めの段階は相手の側の関心が高い時期だからです。この時期には、こちらの説明が最後まで読まれやすくなります。時間が経つと、同じ説明は開かれにくくなります。
つまり、定着の工程は操作の説明として設計されていながら、実際には意味づけの受け渡しとして機能しています。
実務の側には、帰結が一つ出ます。定着の工程を「操作の説明」として最適化すると、効きが落ちます。短く、分かりやすく、迷わせない。この方向で磨くと、操作の習得は速くなり、意味づけの受け渡しは削られます。
「最初に長い説明を読ませたら、そこで離脱するのではないか」という懸念は当たります。ただし、これは分量の話ではありません。受け渡すべきなのは説明の量ではなく、この人が何をしようとしていて、その中でこれがどこに位置するかという一点です。
その一点は、こちらから説明するより、相手に言ってもらったほうが残りやすくなります。最初の段階で「何のためにこれを始めたか」を一度書いてもらう形式が効くのは、この理由からです。
この形式には、答えられない相手を可視化するという面があります。目的を書けない人が一定の割合で出ます。可視化されたことを、選別の材料に使いたくなる誘惑がここで生まれます。選別に使うと、目的をまだ言葉にできていない相手を切り捨てることになります。ところが、その相手こそが、意味づけの共有によって大きく変わりうる相手です。
書いてもらえば接続が起きる、という単純な話でもありません。形式として求められた回答は、形式として書かれます。この形式が効くのは、書いた内容が後で参照される場合だけです。参照されるとは、たとえば数か月後に「最初にこう書いていましたが、いまはどうですか」と戻す形です。戻された時点で、その言葉は記入欄の文字から、自分の判断の記録に変わります。一度書かせて放置するなら、定着の工程は操作の説明のままにとどまります。
いまの数字のうち、摩擦で保っている分をどう切り分けるか
切り分けは、継続の割合ではなく、止める側の条件を動かしたときの反応で読めます。
まず、切り分けが要る理由をはっきりさせておきます。継続率は、正反対の二つの状態で同じように上がります。一つは、意味づけが共有され、相手が自分の目的のために続けている状態です。もう一つは、相手がこちらなしでは進めなくなっている状態です。後者は数字の上では最も良い顧客として現れます。長く続き、離脱せず、単価も上がりやすい。ところがこの状態は、相手が自分で判断できるようになるほど悪化します。
この構造があると、指標を目標に置いた事業は、相手が自立しない方向へ静かに設計を寄せていきます。誰も悪意を持っていなくても起きます。自立を促す設計は数字を下げ、依存を作る設計は数字を上げるからです。しかも依存は、満足度の調査では検出されません。判断をこちらに預けている相手は、高い満足度を報告しやすいものです。預けているあいだ、迷いが減るからです。
したがって、見るべきものは三つになります。ひとつ、更新の時期に、続けている理由を自分の状況の言葉で言えるかどうか。返ってくるのがこちらの語のままなら、その理由はまだ相手の側へ渡っていません。ふたつ、期待どおりでなかった回の後に何が起きるか。共有されていれば「今回は自分の関心と外れた」として処理され、共有されていなければ一回の外れが関係全体の評価になります。みっつ、止める操作を簡単にしたときに何が起きるか。更新日を事前に知らせ、止める窓口を明示し、途中の解約でも損が出ない形にする。それで数字がほとんど動かないなら、継続の理由は関係の側にあります。大きく落ちるなら、支えていたのは摩擦です。
三つ目には実行の抵抗があります。確かめること以外に見返りが無く、しかも数字が落ちる可能性のある操作だからです。全体で行う必要はありません。一部の相手に対してだけ、更新の案内を明示する形でも判定できます。それでも抵抗は消えないので、この確認は先送りされがちです。先送りが続くかぎり、いまの数字が何でできているかは分からないままです。
継続率が何パーセントあれば良いか、どの期間で数えるか、いつ定着の工程を挟むか。これらの目安を、この記事は置きません。三日おきに届くものと、年に一度だけ更新されるものでは、同じ八割という値が別の状態を指しているからです。
満足しているのに止める人と、不満を言いながら続ける人。この二人は、例外ではありませんでした。継続の数字が、満足と乗り換えの費用という二つの合成である以上、どちらも起こります。
満足の水準で説明する枠組みが、間違っていたわけではありません。外れていたのは、継続率という一つの数字が一つの状態に対応している、という前提のほうです。満足も乗り換えの費用も、どちらも実際に継続を作っています。合成されたまま読むと、上がった分がどちらでできているかだけが見えなくなります。分けて読めば、同じ八割の中に、意味づけの共有で保っている分と、止めにくさで保っている分が並んでいます。
分ける操作には代償があります。止める側の条件を緩めれば、短期の数字は落ちます。短期の数字が落ちる操作は、実行する時期を選んでも損に見えます。そして、判定を先送りしているあいだにも、止めにくさの側は積み上がります。積み上がるほど、後で緩めたときに落ちる幅が大きくなります。待つことは中立ではなく、片側へ寄っていく選択です。いつ、どの範囲で条件を緩めるかは、そこまでを見たうえで決められます。






