ステップメールの通数と割り当てから決めている方へ/測りにくい回から順に削られるので、残るのは前振りだけになる

ステップメールの書き方——順序を決めるのは、読み手の側に積み上がるもの

登録をきっかけに、用意しておいたメールを順に自動送信する仕組みがステップメールです。その順序を決めているのは、販売までの距離ではなく、読み手の手元に何が積み上がるかです。この基準を入れ替えると、通数も間隔も、置き場所が変わります。

書き方として案内されるのは、たいてい通数と内容の割り当てです。一通目でお礼、二通目で全体像、三通目で解決策、最後に案内。割り当ては決められますし、決められるので、決めた時点で設計が終わったように見えます。

ただ、この割り当ての背後には、順序を決めている基準が一つ隠れています。販売までの距離です。最後に売るものがあり、そこへ向かって距離が縮まる順に並べる。表には出ませんが、並び順を最終的に決めているのはこの目盛りです。

距離で並べると、途中の回は全部、最後の回のためにあることになります。そして、途中で降りた人の手元には何も残りません。距離を詰めるための回だったので、それ単独では用を足さないからです。

途中で降りる人は少数とは限りません。一連を最後まで読む人のほうが少ないこともあります。つまり、この設計は途中で降りる人に対して何も渡していないことになります。渡していないので、次に会う機会も作れません。

順序を決める基準を、距離から積み上げへ変えると、並びが変わります。読み手の手元に何が増えるかを基準に置くと、途中で降りても残るものが残ります。そして残った人には、次に何かを渡す口が開いたままになります。

この問いは、これから作る人だけのものではありません。すでに何年か流し続けていて、開封も反応も落ち着いてしまった場合にも、同じ一点が効きます。落ち着いた数字は、内容が古いことも、順序が間違っていることも、どちらも同じ形で示すからです。書き直すべきなのが文面なのか並びなのかは、数字の側からは出てきません。

書く技術そのものは、ここでは扱いません。一通の中をどう書くかは、その回が何を渡す回なのかが決まった後にしか決められないからです。扱うのは、その割り当てのほうです。

並びが間違っているときに文面を直すと、直したことの効果が測れません。順序と文面のどちらを触ったのかが、数字の上では区別されないからです。先に並びを確かめてから、文面へ行く。この順序だけは、外から決められます。

この記事は、案内されている書き方を正確に置くところから始めます。そのうえで順序を決めている基準を取り出し、間隔そのものが持つ効き目と、その効き目が何に対して働くのかを扱います。最後に、順序が設計されているかを確かめる方法を置きます。

ステップメールとして案内されているもの

ステップメールとは、登録や購入といった相手の行動をきっかけに、あらかじめ用意した複数のメールを、決めた間隔で順に自動送信する仕組みのことです。一斉配信と違い、各人の起点日を基準に配信されます。

設計の中心として案内されるのが、筋書きです。起点から到達点までの道筋を描き、期間、通数、各回の内容の方向性を組み立てる。この筋書きの良し悪しが成果を決める、と説明されます。

具体的な構成例も示されます。一通目でお礼と特典の受け渡し、二通目で全体像と得られるもの、三通目と四通目で課題への解決策、五通目で事例、六通目で利用者の声、七通目でお礼と案内。おおむねこの形です。

通数と間隔の目安も添えられます。五通から七通程度、間隔は一日から三日程度、といった数字です。

案内される改善の方法は、指標を見て回すことです。開封の割合、リンクが押された割合、離脱が起きた回を見て、内容を差し替える。この繰り返しで成約の割合を上げる、という説明です。

書き方の技術としては、件名、冒頭の一文、一つの回に一つの主題、次回の予告、が挙げられます。次回の予告については、続きが気になる状態を作ることで開封につながる、という説明が添えられることが多くあります。

案内されている説明として、外れているところはありません。起点日を基準に配信できることは実際に有効ですし、通数と間隔の目安も、多くの場面で機能しています。指標を見て差し替えるという運用も、実際に機能します。

この一式の下には、共通する前提が一つあります。筋書きの終点に、販売が置かれています。到達点が販売であり、各回はそこへ向かう過程として位置づけられている。導線の問題として整理されているわけです。

終点に販売を置くこと自体が誤りだという話ではありません。事業である以上、どこかで対価の発生する提案が入るのは当然です。

問題になるのは、終点を販売に固定すると、各回の価値が「終点への寄与」で測られることです。寄与しない内容は、無駄な回として削られます。

削られるのは、たいてい読み手の手元に残る種類の内容です。一つの作業を最後まで案内する回は、長くなるうえに終点への寄与が測りにくい。測りにくい回から順に削られていくので、残るのは前振りだけになります。

副作用はもう一つあり、改善の方向に出ます。指標を見て回すという運用は、終点への寄与が高い回を残し、低い回を差し替えます。運用を続けるほど、寄与の高い形へ収束していく。

収束先は、似た形になりやすくなります。どの事業でも、終点への寄与が高い書き方は似ているからです。改善を回すほど、他と似てくるという逆転が起きます。

「販売までの距離」で順序を決めると、全部の回が前振りになる

距離を基準にすると、各回の価値は最後の回への近さで測られることになります。

距離で並べるとは、各回を「あとどれくらいで買う気になるか」の目盛りに対応させることです。認知、興味、比較、決断。この順に対応する内容を割り当てます。

この設計には、内部で整合しているという強みがあります。各回の役割が明確で、抜けが見つけやすい。実際に、多くの筋書きがこの形で機能しています。

ただし、この設計には、読み手が持たない情報が前提として入っています。どこが終点なのかを、読み手は知りません。

知らないまま読むと何が起きるか。「この人は最終的に何かを売るつもりだ」という推定が、早い段階で立ちます。立った瞬間、以降の全部の回が、その前振りとして読まれます。

推定は、たいてい当たっています。だから、この読み方は読み手の側から見て合理的です。

そして、前振りとして読まれている内容は、内容として受け取られません。どれだけ有用な情報が書かれていても、読み手はその情報が置かれている位置のほうを見ています。

ここに、書き手の側からは動かせない領域があります。内容の質を上げても、位置は変わらないからです。

最後に案内があることを最初に開示すればよい、隠しているから前振りに見えるのだ——という手当てが考えられます。

開示は有効です。実際に、最初に「最後にこういう案内をします」と書くと、推定が推定でなくなります。

ただし、開示しても位置は変わりません。途中の回が終点への過程であることは、開示しても同じです。変わるのは、隠されているかどうかだけです。

距離で並べると、書き手の側にも影響が出ます。各回を書くとき、「この回で何を渡すか」ではなく「この回でどこまで近づけるか」を考えることになります。

考える対象が変わると、書けるものが変わります。近づけることを考えていると、相手の状態に働きかける文が増え、材料そのものは減ります。

距離で並べる設計が、常に劣るわけではありません。相手が既に買う意思を持っていて、あとは条件を確認するだけという場面では、距離の目盛りがそのまま相手の関心と一致します。

一致しなくなるのは、相手がまだ問題の輪郭を持っていない場合です。その段階では、距離の目盛りは相手の側に存在していません。存在しない目盛りに沿って並べたものは、相手にとっては順序を持たない列にしか見えません。

順序を決めるのは、読み手の側で何が積み上がるかである

各回の後に、読み手の手元に何が増えているか。これを基準にすると、順序は自動的に決まります。増えたものの上にしか、次のものは積めないからです。

具体的に言えば、こうなります。一通目で「自分の現状のどこが問題か」が分かる。二通目で「その問題がなぜ起きているか」が分かる。三通目で「一つ目の対処を実際にやってみた結果」が手元にある。

三通目の内容は、二通目までを読んでいないと使えません。使えないという制約が、順序を決めています。販売までの距離ではなく、依存関係が順序を決めているわけです。

この基準で並べると、各回は前振りになりません。各回の後に手元に何かが増えているので、その回単独で用を足しているからです。

そして、終点は自動的に決まります。積み上げていった先で、こちら側の関与なしには進めない箇所に到達したとき、そこが提案の位置です。提案は、距離が縮まったから出すのではなく、積み上げが止まる箇所で出ることになります。

この違いは、提案の文面にも出ます。距離で設計した場合、提案は「そろそろ決めませんか」という形になります。積み上げで設計した場合、提案は「ここから先は、こういう理由で自分ひとりでは進みにくい」という形になります。

依存関係が無い内容もあります。どの順で読んでも成立する内容の集まりであれば、順序を決める根拠は弱くなります。

その場合は、順序を決めなくて構いません。決めなくてよいものを無理に並べると、根拠のない順序が入り、後から差し替えるときの基準も失われます。依存関係の有無を先に確かめるのが、順序の設計の第一歩です。

積み上げで設計すると、通数を短くできません。依存関係の段数が通数を決めるので、こちらの都合で減らせないからです。

逆に、増やすこともできません。段が無いところに回を挿すと、その回だけ手元に何も増えない回になります。通数が設計の入力ではなく、出力になるということです。

依存の段が十を超えたらどうするのか。長すぎて最後まで読まれない、という問題が出てきます。

段が多いということは、到達点が遠いということです。遠いなら、到達点を手前に置き直せます。

置き直すと段は減り、その先は別の一連になります。一連を分けることと、一連を短く切ることは違います。前者は各一連が完結し、後者は途中で切れます。段の数が多いときに採るのは、分けるほうです。

間隔そのものに効き目がある——ただし、それは学習に対して働く

間隔そのものにも効き目があります。ただし、それが働く先は学習です。

同じ内容でも、まとめて渡すより、間を空けて渡したほうが定着するという現象が、学習の研究で長く報告されてきました。

2006年、セペダらは、この現象を扱った研究をまとめて分析しました。百八十本を超える論文に含まれる三百を超える実験を対象にした、大きな整理です(Cepeda et al., 2006, Psychological Bulletin, 132(3), 354–380)。

分析から出た結論のうち、設計に効くのは一点です。最適な間隔は単独では決まらず、いつ思い出す必要があるかによって変わります。思い出すべき時点が遠いほど、最適な間隔も長くなります。

この形に当てはめると、「毎日か、三日おきか」という問いには、それだけでは答えが出ません。読み手がその内容を使うのが、読んだ直後なのか、数か月後なのかで、適切な間隔が変わるからです。

だから、間隔を決める前に問うべきは、渡している内容がいつ使われるものかです。今日の作業に使うものなら、間隔は短くて構いません。数か月後に判断が要る場面で使うものなら、間隔を空けたほうが残ります。

この現象の射程には、注意が要ります。観測されているのは、覚えることと、思い出すことに対してです。説得や、購買の決断に対して観測されたものではありません。

引き写しの範囲は、そこで決まります。渡しているものが材料であれば、この知見は当たります。渡しているものが説得であれば、当たりません。

そして、この区別は、間隔の設計を逆向きにします。材料を渡しているなら、間隔は定着のために置きます。説得を渡しているなら、間隔は忘れられないために詰めます。同じ「間隔の設計」という作業が、渡しているものによって正反対の方向を向きます。

学習の研究をメールの設計に持ち込むのは飛躍ではないか。ここは慎重に見る必要があります。

飛躍する場合があります。実験は課題を与えられた参加者を対象にしており、自発的にメールを読む場面とは条件が違います。

持ち込めるのは、条件依存という構造のほうです。「最適な間隔は、いつ使うかによって変わる」という形は、条件が違っても保たれます。具体的な日数を持ち込むと、飛躍になります。

間隔を空けると、一連が終わるまでの期間が伸びます。七通を三日おきに送れば三週間、一週おきなら一か月半かかります。

伸びた期間のあいだに相手の状況は変わり、書いた時点の前提が合わなくなることがあります。間隔を空けることの利得と、状況が変わることの費用は、同じ操作の両側に付いています。どちらが大きいかは、扱っている内容がどれだけ変わりやすいかで決まります。

一通目に何を置くかで、以降の全部が決まる

一通目は、以降の全部の位置を決めます。読み手がそこで作る見当が、二通目以降の読まれ方を決めるからです。

一通目は、他の回と役割が違います。内容を渡す回であると同時に、この一連が何であるかを定義する回だからです。

読み手は、一通目を読んだ時点で、以降の全部について予測を作ります。どういう種類のものが、どういう頻度で来るのか。そして、以降の回は、その予測に照らして読まれます。

予測が外れると、内容の質とは無関係に離脱が起きます。材料が来ると思っていたところに案内が来れば、裏切られたと読まれます。逆も同じで、案内を期待していたところに長い解説が来れば、遠回りだと読まれます。

だから、一通目に置くべきは、以降の全部を代表する一つです。最も良いものでも、最も短いものでもありません。平均的な一つです。

ここに、よくある設計との衝突があります。一通目を最も力の入った回にするという設計が、広く採られています。最初で引き込む、という考え方です。

引き込みには成功しますが、予測は上振れします。上振れした予測は、二通目で下方修正されやすくなります。修正が起きた時点で、以降の回への信頼は下がります。

もう一つ、一通目に置くべきものがあります。この一連の終点です。何回続き、最後に何があるのか。

開示で変わるのは、読み手が推定に使う労力です。何回続いて最後に何があるかが分かっていれば推定が要らないので、その分を内容の側に向けられます。

終点の開示は、終点が決まっている場合にしかできません。決まっていない段階で「最後に案内があります」と書くと、書いた内容に縛られます。

決まっていないなら、その範囲だけ書きます。「いまのところ、こういう主題を順に扱っていきます」で足ります。決まっていないことを決まっているように書くと、後で予測を裏切ることになります。

平均的な一つを一通目に置くと、最初の反応は鈍くなります。派手な一通目に比べて、開封もリンクも下がります。

下がった分は、予測の正確さと引き換えです。短い期間で見ると損に見え、長い期間で見ると差が縮まる、という形の取引になります。

一通目が読まれなければ二通目以降は存在しないのと同じで、だから一通目に力を入れるべきだ——という筋も立ちます。

力を入れることと、上振れさせることは違います。平均的な一つを、丁寧に書くことはできます。

上振れが起きるのは、他の回では出さない種類のもの——長い事例、特別な資料、大きな結論——を一通目に集めた場合です。丁寧さは予測を裏切りませんが、種類の違いは裏切ります。判定は、その回でやったことを以降の回でも続けられるかどうかです。

途中で降りた人に何が残るかで、順序は判定できる

順序が正しく設計されているかは、途中で降りた人の手元に何が残るかで判定できます。

三通目で降りた人の手元に何が残っているかを、書き出してみます。

積み上げで設計していれば、書けます。「現状のどこが問題かが分かっている」「その理由の説明を一つ持っている」「一つ目の対処を実際にやった結果がある」。三つとも、こちらとの関係が切れても残ります。

距離で設計していれば、書けません。「関心が高まっている」「必要性を感じている」としか書けないからです。これらは、こちらとの関係が切れれば消えます。

この判定は、通数のどこで切っても行えます。一通目で降りた人、五通目で降りた人。それぞれについて書き出せば、どの区間で積み上げが止まっているかが分かります。

書けない区間があれば、その回は前振りになっています。前振りの回は、削るか、手元に残るものを足すかのどちらかです。

削るという選択が採れることに、意味があります。距離で設計していると、削ると距離が飛ぶので削れません。積み上げで設計していると、その回が何も積んでいないなら、削っても後続は成立します。

途中で降りた人のことを考えるのは事業として本末転倒で、降りない設計を目指すべきではないか。そう読むこともできます。

降りない設計は存在しません。どんな内容でも、一定の割合は降ります。

そして、降りた人が去った先で何を持っているかは、事業に返ってきます。何も持たずに去った人は、こちらについて何も語れません。手元に残ったものがある人は、それを誰かに話す材料を持っています。

短期の指標には現れませんが、この差は積み上がります。降りた人が増えるほど、差は大きくなります。

各回に残るものを持たせると、一回あたりの分量が増えます。手元に残るものを渡すには、それだけの説明が要るからです。

分量が増えると、読まれない回が出ます。ここには実際の取引があり、どちらを取るかは扱っている内容によって変わります。判定の材料になるのは、その回を短くしたときに手元に残るものが消えるかどうかです。消えないなら短くできます。

手元に残るものは、必ずしも成果物である必要はありません。区別のつく一つの概念、判断の基準、確認の手順。それらも、こちらとの関係が切れた後に使えるなら、残るものに数えます。

数えないのは、感情と評価です。「なるほどと思った」「信頼できると感じた」は、次の回が来なければ消えます。残るかどうかの判定は、こちらが送信を止めた翌日にそれが使えるか、で行います。

「書けない」とき、決まっていないのは順序ではなく到達点である

実務が詰まりやすいのは二通目以降の内容ですが、そこで決まっていないのは順序ではなく到達点です。

一通目は書けるのに二通目が書けない、という状態はよく起きます。原因は、順序が決まっていないことではありません。

到達点が決まっていないことです。積み上げで設計する以上、順序は到達点から逆算して決まります。到達点が無ければ、積む方向も決まりません。

到達点とは、この一連を読み終えた人が、何ができるようになっているかです。「必要性を理解している」ではありません。理解は状態であって、できることではないからです。

「自分の事業のどこが詰まっているかを、自分で特定できる」なら、到達点です。特定できるかどうかは、本人が確かめられます。

到達点が決まると、そこから逆算して段が出ます。特定できるようになるには、何を知っている必要があるか。それを知るには、何を先に知っている必要があるか。遡っていけば、一通目に置くべきものに行き着きます。

この作業は、メールを書く作業ではありません。事業が何を渡すのかを決める作業です。

だから、書けないときに文例を探しても解決しません。文例には、その人の到達点から逆算された段が入っています。到達点が違えば、段も違います。

到達点は、最初から精密に決まらなくて構いません。書きながら変わることもあります。

必要なのは、いま仮に置いてある到達点があることです。仮でも置いてあれば逆算できますし、変わったときに全部を組み直す判断もできます。置いていないと、変わったことにも気づけません。

到達点を決めると、そこに届かない内容が書けなくなります。面白い話でも、到達点への段になっていなければ入れられません。

入れたい内容が入らないとき、二つの解釈があります。到達点の設定が狭すぎるか、その内容がこの一連に属していないか。後者であれば、別の場所へ置けば済みます。一連の外に置き場所を持っておくと、この判断が軽くなります。

到達点を「できるようになること」に限ると、扱える内容が実務の手順に偏るのではないか、という懸念が立ちます。

偏りません。できることには、判断できることも含まれるからです。

「自分の価格が何を基準に決まっているかを説明できる」は、手順ではありませんが、できることです。説明できるかどうかは本人が確かめられますし、できるようになるには順序が要ります。手順に偏るのは、到達点を作業の完了に限った場合だけです。

自動で送ることが、書き手の側に持ち込む制約

自動で送るという形式は、書き手の側に一つ制約を持ち込みます。書いた時点と読まれる時点が、必ずずれることです。半年前に書いた文が、今日登録した人に届きます。

このずれから、二つの制約が出ます。

第一に、時事的な記述が使えません。「先日の発表では」と書けば、半年後に読む人には意味が通りません。

第二に、こちらの状況の変化が反映されません。提供内容が変わっても、扱いを変えても、過去に書いた文はそのまま送られ続けます。

二つとも、決め終わったことしか自動化できない、という一般則の現れです。変わりうるものを自動化すると、変わった時点で内容が実態とずれます。

だから、自動で送る回に入れてよいのは、変わらない部分です。構造の説明、考え方の順序、手順の原理。これらは、こちらの状況が変わっても変わりません。

変わる部分——価格、提供の形態、いま受け付けているかどうか——は、自動の回に書き込まないほうが安全です。書くとしても、一箇所にまとめておけば、変わったときに直す場所が一つで済みます。

定期的に見直せば済む話ではないか、という応じ方があります。

見直しは必要です。ただし、見直す作業が発生することは、自動化の利得を削ります。

そして、見直しの漏れは検出できません。送信は自動で続くので、古くなった記述が送られ続けても、何のエラーも出ません。気づくのは、受け取った人から指摘されたときです。

変わらない部分だけで構成すると、内容が一般的になりがちです。いま起きていることに触れないので、鮮度の感じられない文になります。

この副作用は、配信を二系統に分けることで解けます。変わらない部分を自動の回に置き、変わる部分を、その都度書いて送る配信に置く。二つを混ぜようとすると、どちらかが犠牲になります。都度の配信の書き方は、メルマガの書き方で扱っています。

二系統に分けると、同じ人に二種類の配信が届き、頻度は合算されるので、受け取る側の負担はその分だけ増えます。

負担を抑えたいなら、自動の一連が終わるまで都度の配信を止める設計が採れます。この制御の機能を持つ配信の仕組みもあります。持っているかどうかは、仕組みを選ぶ時点の判断材料になります。

この制約には、一つ利点もあります。書いた時点で固定されるということは、毎回の判断が要らないということでもあります。都度の配信は書くたびに何を書くかを決め直しますが、自動の一連は決めた順序をそのまま実行するだけです。順序が正しく設計されていれば、実行の側に判断は残りません。

順序が設計されているかは、どこで確かめられるか

第一の確認は、各回の後に読み手の手元に何が増えているかを、名詞で書き出すことです。

書けない回があれば、その回は積んでいません。「理解が深まる」では書けたことになりません。名詞で書けるかどうかが判定になります。

この確認は、送る前に実行できます。書き出せない回が見つかった時点で、削るか足すかを決められます。

第二の確認は、順序を入れ替えてみて、成立しなくなるかどうかです。

入れ替えて成立するなら、その二つの回の間に依存関係がありません。依存関係が無いということは、順序を決めている根拠が無いということです。根拠が無いまま並んでいる回は、後で差し替えるときの基準も持ちません。

第三の確認は、各回で降りた人の割合を、内容の依存関係と照らすことです。

依存関係の段が変わる回で降りる割合が上がるのは、正常な動きです。そこで積み上げの前提が変わるので、合わない人が離れます。段が変わらない回で急に上がるなら、その回の内容が予測を裏切っている可能性があります。

三つとも、通数や間隔を見ていません。順序を決めているのは依存関係なので、確認すべきは依存の側だからです。

三つとも、同じ手前で止まります。第三は、配信が始まっていて、かつ一定の人数が通過していないと使えません。人数が少ない段階では、割合の変動が偶然と区別できません。

その段階では、第一と第二で足ります。二つとも、書いたものを読むだけで実行できます。

第二の確認で多くの回が入れ替え可能だと分かった場合、次に何をするかが問題になります。

依存関係を作るか、順序を主張するのをやめるかのどちらかです。作るとは、前の回の内容を使う形に後の回を書き直すことです。やめるとは、順に届く形を捨てて、いつ読んでも成立する形にすることです。

どちらも正しい解です。誤りなのは、依存関係が無いのに順序があるかのように設計し、その順序を根拠に内容を配置することです。

通数をいくつにするか、間隔を何日にするか、どこで提案を出すか。ここに数字を置くことはできません。渡している内容の依存の段数と、その内容がいつ使われるかによって、同じ数字の意味が変わるからです。置いた瞬間に、その条件を見ないまま判断を肩代わりすることになります。

代わりにあるのは、距離で並べると全部の回が前振りになるという指摘と、積み上げで並べれば通数が出力になるという構造、そして最適な間隔がいつ使うかに依存するという確認です。この三つが分かっていれば、いま自分の一連が何を積んでいるかは、自分で読めます。

一通目で渡すもの自体の設計は無料プレゼントの設計、送る仕組みの選び方はメルマガ配信システムの選び方で扱っています。自分の一連が何を積んでいるかを自分で読めるようになると、次に要るのは確かめる場所です。仕組みが働いているかをどこで見るかは仕組み化の全体像で扱っています。

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