アルゴリズムと矯正

アルゴリズムを攻略するほど、世界観が矯正される|分配の機序

はじめに

アルゴリズムの攻略法や、最新の仕様変更への対応については、すでに情報が揃っています。本記事が扱うのは、その攻略という行為そのものの意味です。攻略するとは、具体的に何をすることなのか。

対策は膨大に語られるのに、「攻略に成功した人の身に、何が起きるのか」という一点だけは、たいてい語られません。

結論を先に示します。攻略とは、分配を決める側の基準へ、自分を合わせることです。 そして合わせるほど、あなたの表現の起点は、内側から外側へ移っていきます。上手に攻略できた人ほど、深く移動する。ここが、この構造のたちの悪いところです。

アルゴリズムは、何をしているのか

まず、正確に押さえます。ここで言うアルゴリズムとは、「膨大な投稿のなかから、どの投稿を、誰に、どれだけ見せるか」を決める仕組みのことです。

一日に投稿される量のすべてを、すべての人に見せることはできません。だから、何らかの基準で取捨選択し、配分する必要がある。その配分を自動で行うのが、この仕組みです。

では、何を基準に配分するのか。世界観の深さでしょうか。誠実さでしょうか。違います。基準は、反応の総体です。クリックされたか。最後まで読まれたか。コメントがついたか。共有されたか。滞在時間はどれだけだったか。

なぜそれが基準になるのか。プラットフォームの収益源は、集めた注意を広告として売ることにあります。反応が大きいほど、多くの注意がそこに引き寄せられ、高く売れる。だから、反応を最大化するのは、事業として完全に合理的です。

ここに悪意はありません。あるのは、目的関数のずれだけです。最大化されているのは「反応」であって、あなたが伝えたい「世界観」ではない。 この二つは、ときに一致しますが、本質的には別物です。そして食い違ったとき——あなたが本当に伝えたいことが、たまたま反応を生まないとき——その言葉は、静かに沈みます。

攻略とは、基準へ自分を合わせること

さて、「攻略する」とは、この仕組みに対して何をすることでしょうか。

反応の良かった切り口を分析し、次の投稿に活かす。伸びた型を特定し、再現する。仕様変更を追いかけ、新しい勝ち筋へ乗り換える。これらはすべて、分配を決める側の基準に、自分の出力を近づける作業です。

一見すると、これはごく真っ当な態度に見えます。反応を見て、うまくいったものを次に活かす。あらゆる活動で推奨される、改善のやり方です。

けれど、ここには一つ、通常の改善とは決定的に違う点があります。通常の改善では、何を良しとするかの基準は、自分の手元にあります。 料理の腕を上げるとき、「おいしい」の基準は自分の舌にある。ところがここでは、良しとする基準そのものが、外部から与えられています。

その基準に近づけるほど上達する、という構造の上では、上達と起点の移動が、同じ一つの過程になります。技術が上がるほど、起点が遠ざかる。 この逆説が、攻略という行為の本体です。

移動が気づけない理由

この移動には、二つの厄介な性質があります。

一つは、移動が連続的で気づけないこと。 起点は、ある日いきなり外側へ飛び移るわけではありません。一本ごとに、ほんの少しずつ移ります。今日の一本は、昨日の一本より、ほんのわずかに外側に寄っている。その差はあまりに小さく、書いている本人には知覚できない。

毎日ほんの一度ぶんだけ舵を切る船を思い浮かべてください。その日のうちに見れば、ほとんど真っ直ぐ進んでいるようにしか見えません。けれど、その一度ぶんの逸れを何百日も続ければ、船は、当初目指していた港とはまったく違う海域に出ています。どの日の舵が間違っていたかと問われても、答えられない。どの一日も、ほとんど真っ直ぐだったのですから。

そして、問題なのは、この一度ぶんの妥協が、決して元に戻されないことです。少しずつ外へ寄せた起点を、誰も、わざわざ内側へ戻しはしません。外へ寄せたほうが、反応が取れるからです。 こうして、後戻りの動機がないまま、起点は片道で流れ続けます。

もう一つは、移動が上達を伴うこと。 もし外側に合わせることで成果が下がるなら、人はすぐに引き返すでしょう。ところが現実は逆です。起点が自分の手を離れていく過程は、表面的には「成長」として体験されます。 だからこそ、止められない。むしろ加速させてしまう。

「攻略しなければいい」では済まない

「では、攻略しなければいい。自分の書きたいことだけを書けばいい」——もっともな反論ですが、これは機能しません。

理由は、選別が、あなたの意識とは無関係に働いているからです。仮にあなたが仕様を一切研究しなかったとしても、あなたの発信のうち「届くもの」と「届かないもの」を選別しているのは、依然としてこの仕組みです。

そして、人は届いたものから学びます。反応があった経験は記憶に残り、なかった経験は忘れられていく。意識的に分析しなくても、「どういうものが届き、どういうものが届かなかったか」は、経験として体に蓄積されていきます。 その蓄積が、次に何を書くかを、静かに方向づけます。

これが、「攻略しなければいい」では済まない理由です。問題は、あなたが攻略を「する」ことではありません。問題は、あなたの発信が、分配を握られている場所で行われている、その一点にあります。

意志で抗おうとするのは、川の流れに逆らって立ち続けようとするようなものです。立っていられる間は立っていられる。けれど、その間ずっと力を消耗し続け、足を止めた瞬間に流されます。

攻略の外側に出る、という選択

だとすれば、問いは「どう攻略するか」でも「どう攻略を控えるか」でもありません。「自分の言葉が、どういう基準で配られる場所に置かれているか」です。

読者に直接届く経路——連絡先を預けてくれた読者へ、門番を介さずに届く経路——の上では、この矯正圧力が構造的に存在しません。届くかどうかを分配の仕組みが決めないのだから、その基準に自分を合わせる理由が、そもそも消えます。

ここで、はっきりさせておきます。これは、川の中で踏ん張る方法の話ではありません。川から出る方法の話です。 起点が内側にとどまるのは、あなたが強い意志を持ったからではなく、外へ引っ張る風が吹いていない場所に移ったからです。

まとめ:攻略の巧拙ではなく、場所の設計

アルゴリズムを攻略するほど世界観が矯正されるのは、あなたのやり方が間違っているからではありません。攻略という行為が、定義上、外部の基準へ自分を合わせる作業だからです。

上手に攻略できた人ほど、深く合わせている。だから、この構造からは、攻略の腕を上げることでは抜けられません。

抜けられるのは、配られ方の基準そのものが違う場所へ、重心を移したときだけです。

その全体像は、ブログを書き続けても自分の言葉が残らない理由にまとめています。最大化されている指標の出所についてはエンゲージメントは、誰の目的関数なのかを、最適化がもたらす帰結については差別化しようとするほど、似ていく理由を、あわせてお読みください。

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参考文献

【学術論文・理論】

  • Simon, H. A. “Designing Organizations for an Information-Rich World” in Computers, Communications, and the Public Interest(1971)Johns Hopkins University Press, pp. 37–72
  • Skinner, B. F. The Behavior of Organisms: An Experimental Analysis(1938)Appleton-Century-Crofts
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