エンゲージメントの所在

エンゲージメントは、誰の目的関数なのか|最大化される基準の所在

はじめに

エンゲージメント率を上げる方法や、指標の測り方については、すでに情報が揃っています。本記事が扱うのは、その指標の出所です。この数字は、そもそも誰のために設計されたのか。

上げ方は膨大に語られるのに、「なぜこれが指標になっているのか」という一点だけは、たいてい前提として飛ばされています。そして前提を飛ばしたまま上げ方だけを覚えると、その指標が自分の目標であるかのように感じられてきます。

結論を先に示します。エンゲージメントは、注意を集めて売る事業にとっての合理的な指標であって、書き手が伝えたいことの達成度を測る指標ではありません。 この二つは、ときに一致しますが、別物です。そして食い違ったとき、どちらが優先されるかは、最初から決まっています。

エンゲージメントとは何を束ねた数字か

エンゲージメントとは、読み手の反応の総体を指します。クリックされたか。最後まで読まれたか。反応が押されたか。コメントがついたか。共有されたか。滞在時間はどれだけだったか。

これらを束ねた数字が大きいコンテンツを、プラットフォームの分配の仕組みは「価値が高い」と判断し、より多くの人に配ります。反応の小さいものは配分を絞られ、沈んでいきます。

つまり、エンゲージメントは単なる測定値ではありません。分配の条件です。 この数字が取れなければ、そもそも土俵に上がれない。ここが、後で効いてきます。

なぜ、この指標なのか

では、なぜ他ではなくこの指標なのでしょうか。答えは、事業の構造から出てきます。

プラットフォームの収益源は、集めた注意を広告として売ることにあります。エンゲージメントが大きいということは、それだけ多くの注意が、そのコンテンツに、そしてそのコンテンツが載っている場所に、引き寄せられているということです。 読み手が長く滞在し、多くの反応を残すほど、事業者は多くの注意を集められ、それを高く売れる。

だから、エンゲージメントを最大化するのは、事業として完全に合理的です。 ここには、何の欺瞞もありません。誰かが書き手を騙そうとしているわけでもない。

問題は、別のところにあります。その合理性は、事業者の目的関数に対する合理性であって、あなたの目的関数に対する合理性ではない。 この一点です。

目的関数がずれると、何が起きるか

最大化されているのは「エンゲージメント」であって、あなたが伝えたい「世界観」ではありません。

この二つは、ときに一致します。あなたが本当に伝えたいことが、たまたま大きな反応を呼ぶ瞬間は、確かにある。けれど、それは偶然の一致であって、両者が同じものだということではありません。

決定的な違いは、両者が食い違ったとき、どちらを取るかにあります。

あなたが本当に伝えたいことが、反応を生まないと分かったとき。起点が内側にある人は、それでも書きます。起点が外側にある人は、それを捨て、反応の取れるものに乗り換えます。そして人は、両方の起点を同時に持つことはできません。 一つの記事を書くとき、その起点は、内側にあるか外側にあるか、どちらかです。

これは抽象的な話ではありません。長く考え抜いてきた、自分にとって最も大切な主張を、一本の記事に書いたとします。手応えはあった。けれど、反応はほとんど返ってこなかった。一方、その同じ週に、軽い気持ちで投げた一言が、なぜか大きく伸びた。さて、来週、あなたはどちらを基準に書くでしょうか。

この、ありふれた一週間の判断のなかに、分岐はすでに現れています。そして、指標は、この判断のたびに、あなたの背中を、いつも同じ方向——伸びたほう——へ押し続けます。

指標が「分配の条件」であることの重み

ここで、先ほど触れた一点に戻ります。エンゲージメントは、測定値ではなく分配の条件です。

この違いは、決定的です。単なる測定値であれば、無視することができます。体重計に乗らなければいい、というのと同じです。ところが分配の条件である以上、その数字が取れなければ、あなたの言葉は読者のもとへ届きません。

つまり、指標に自分を合わせることは、虚栄心の問題ではなく、届くための構造的な要請になっています。 ここが、「数字を気にしないようにしよう」という決意が効かない理由です。気にする・しないの問題ではなく、届く・届かないの問題だからです。

そして、この要請は、承認を求めない人にも等しく作用します。他人の評価にまったく興味がない人でも、「自分のこの考えを、一人でも多くの人に届けたい」という真っ当な願いを持っているなら——そして届ける経路がこの分配しかないなら——より多くの人に届くために、指標が好む形へ寄せていくことになります。 承認が欲しいからではありません。ただ届けたいから、届くように寄せる。その合理的な選択が、起点を外へ動かします。

指標が「事後の参考情報」に変わる場所

だとすれば、問うべきは「どう指標を上げるか」ではありません。「その指標は、届くための条件なのか、それとも届いた後に分かる情報なのか」です。

読者が自ら連絡先を預けてくれた経路——直接届く経路——にも、数字はあります。開封率も、解約率も分かる。「結局、同じ最適化が始まるのではないか」という指摘は、もっともです。

けれど、決定的な違いがあります。その数字は「分配の条件」ではなく「事後の参考情報」にすぎません。 借りた場所では、指標はあなたの言葉が読者に届くの関門でした。数字の取れる形にしなければ、土俵にすら上がれない。一方、直接届く経路では、届くことはすでに保証されています。開封率は、届いた後に分かる情報であって、届くための条件ではない。

だから、それを最大化する圧力は、構造からは生まれません。もちろん、書き手が自分の意思で「開封率のために受ける見出しへ寄せよう」と決めることはできます。けれどそれは、構造による強制ではなく、あなた自身の選択です。 強制と選択のあいだには、埋めがたい距離があります。

まとめ:上げる前に、誰の指標かを問う

エンゲージメントを上げようとすること自体は、間違いではありません。間違いになるのは、それを自分の目的だと取り違えたときです。

この指標は、注意を集めて売る事業にとっての合理的な設計であり、その事業者の目的関数に忠実です。あなたの目的関数は、別のところにあったはずです。

問いを一つだけ差し替えてみてください。「どうすれば上がるか」ではなく、「この数字は、届くための条件なのか、届いた後の情報なのか」。この問いの答えが変わる場所へ移ったとき、指標との関係は、根本から変わります。

その全体像は、ブログを書き続けても自分の言葉が残らない理由にまとめています。この指標が起点を動かす機序についてはアルゴリズムを攻略するほど、世界観が矯正されるを、指標を最大化した先に何が起きるかについては炎上する話題ほど伸びるのは、設計の帰結であるを、あわせてお読みください。

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参考文献

【学術論文・理論】

  • Simon, H. A. “Designing Organizations for an Information-Rich World” in Computers, Communications, and the Public Interest(1971)Johns Hopkins University Press, pp. 37–72
  • Deci, E. L. “Effects of externally mediated rewards on intrinsic motivation” Journal of Personality and Social Psychology, 18(1)(1971)

【書籍】

  • Wu, T. The Attention Merchants: The Epic Scramble to Get Inside Our Heads(2016)Knopf
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