流通しない失敗談

ビジネス書を読むほど動けなくなる構造|市場に流通しない失敗談

はじめに

読んだビジネス書は積み上がり、書き留めた成功法則は手帳を埋めていく。それなのに、生活の手触りはどこも変わらない。むしろ、読むほどに「まだ足りない」という感覚だけが増えていく。

読むべき本の選び方や、内容を行動に移す技術については、すでに情報が揃っています。本記事が扱うのは、その手前にある問いです。そもそも、書店の棚とタイムラインに並んでいる物語は、どんなふるいを通って、そこに残ったのか。

結論を先に示します。目に飛び込んでくる成功の物語が、いつも構造や運ではなく思考や習慣を主役にしているのは、それが正しいからではなく、そのほうが売れるからです。 この一点を知っているだけで、次に同じ言葉に出会ったとき、掴まれる代わりに、解剖する側に回れます。

構造で説明する本は、商品にならない

成功の原因を、構造や運に求める説明には、商品として致命的な欠陥があります。買い手にできることが、何も残らないということです。

「あなたが豊かでないのは、生まれた家の資産や、生きている時代や、巡り合わせによる」と告げる本は、慰めにはなっても、商品にはなりません。読者は、その本を読んで、できることが何もないのですから。 構造や運は、教材で直せず、講座で身につかず、決意で変えられない。売り物にするには、あまりに動かしがたい。

ところが、成功の原因を「思考法」に求める説明は、事情がまったく違います。思考は、本人の内側にあって、いまこの瞬間から、誰の許可もなく変えられることになっている。だから、それは商品になります。

「あなたに足りないのは、正しい思考法だ」という診断は、ただちに「その思考法は、この教材で手に入る」という処方とつながります。原因を、買い手が手を加えられる唯一の場所——心——に置くこと。心に原因を置けば、心を直す商品が売れる。構造や運に原因を置けば、何も売れません。

ここで注意深く見ておきたいことがあります。これは、悪意ある誰かが、嘘を承知で人を欺いているという単純な話ではありません。 世の中には、構造で説明する言説と、思考で説明する言説が、たえず両方生まれています。けれども、前者は買い手に行動の余地を残さないために広まりにくく、後者は「やればできる」という余地を与えるために広まりやすい。

この広まりやすさの差だけで、長い時間をかけて、市場には「思考がすべて」という説明だけが生き残って積み上がっていきます。誰かが意図的に選んだのではなく、売れやすさというふるいそのものが、真実とは無関係に、特定の説明だけを残していく。

語る資格は、結果によって先に配られている

語る側の偏りには、もう一つの層が重なっています。成功の物語を、大きな声で語れる立場にいるのは、たいてい、成功した人自身だからです。

豊かになった人には、本を出す機会も、講演に呼ばれる舞台も、大勢の読み手も与えられます。同じ思考法を実践して報われなかった人には、そのどれもが与えられません。語る資格は、結果によって、あらかじめ配られています。

だから、世の中に流れ出る成功の物語は、二重にふるいにかけられています。一度目は「成功したかどうか」で、二度目は「語る場を持てたかどうか」で。 私たちの耳に届くころには、その物語は、何重ものふるいを通り抜けた、ごく一部の声だけになっています。

にもかかわらず、その声の大きさを、私たちはつい真実の証拠と取り違えてしまいます。声が大きいのは、正しいからではなく、声を持てる場所にその人が立てたからにすぎません。

「真似て失敗した話」は、なぜ語られないのか

同じ偏りが、日々のタイムラインの上で、いっそう純粋な形で起きています。

成功者の習慣を真似て人生が変わったと感じた人は、その物語を進んで語ります。本人にとっても誇らしく、聞く側にとっても希望に満ちているので、よろこんで共有され、拡散されます。

ところが、まったく同じ習慣を、まったく同じ熱心さで二年間続けて、何も変わらなかった人はどうするでしょうか。その人は、「二年間続けましたが、何も起きませんでした」という投稿を、わざわざ書きません。 語って楽しい話ではなく、自分の失敗を人目にさらす話だからです。だから失敗は語られず、静かにその人の生活の中へ畳まれて消えていきます。

この非対称が、何を生むか。私たちの目に届く情報の世界は、成功の証言ばかりが残り、失敗の証言が抜け落ちた、ゆがんだ標本になります。

実際には、ある方法を試した百人のうち、報われたのが二人で、九十八人が何も変わらなかったとしても、目に飛び込んでくるのは、その二人の物語だけです。残りの九十八人は、沈黙しているために、最初から存在しなかったかのように扱われる。 そして、この偏った標本を見て、私たちは「これだけ成功例があるのだから、きっと効くのだろう」と結論します。その判断の分母には、本来あるべき九十八人が、はじめから入っていません。

しかも、この偏りは偶然に生まれているのではありません。成功したと語る物語は、語る本人にとっても得になります。 注目を集め、信頼を呼び、ときには、その人が次に何かを売るための土台になる。一方、失敗の物語には、語る動機がほとんどありません。語る得のある声だけが拡声器を与えられ、語る得のない声は、最初からマイクを持ちません。

そして、失敗した九十八人のうち何人かは、自分の沈黙の理由をこう説明します。「うまくいかなかったのは、自分の本気度が足りなかったからだ」と。方法そのものを疑うのではなく、自分を疑い、口をつぐむ。だから、方法への反証になりうる声は、当人の自責によって、外へ出る前に握りつぶされます。

▸ 標本そのものがどう作られるかは、成功者の共通点は、どうやって作られたのかで扱っています。

次の一冊を開く前に立てる、三つの問い

ここまでを、読むたびに使える道具として組み直しておきます。「成功者には、こういう共通点がある」という主張に出会ったら、三つの問いを通してください。

第一の問い——この共通点は、誰を数えて作られたのか。 たいていの場合、それは成功した人だけを集めて、後から共通点を探し出したものです。同じことをして報われなかった人は、数えられていません。「同じことをして、うまくいかなかった人は、いったい何人いたのか」——その人数こそが、その物語が隠している本当の分母です。

第二の問い——これは本当に原因なのか、それとも後から見つけた模様なのか。 私たちの心は、二つのものが並んでいると、反射的に一方を他方の原因とみなす癖を持っています。けれども、豊かになったからその習慣を持てる余裕ができたのかもしれない。あるいは、環境や巡り合わせが、習慣と成功の両方を背後から生んだのかもしれない。「共通点がある」という事実は、それ自体では何も証明しません。

第三の問い——この説明は、誰の利益になっているのか。 構造や運に原因を求める説明は商品になりません。思考に求める説明は商品になります。この差だけで、市場に残る説明は決まります。

試しに、よく見かける一文に当ててみましょう。「成功する人は、みな朝早く起きている」。第一の問い——早起きしながら成功しなかった人は数えられていません。第二の問い——早起きが成功を生んだのか、自分の時間を自由に使える立場になれたから早起きが可能になったのか。第三の問い——「早起きすれば成功する」という話は、誰にでも明日から無料で始められる希望を与えるぶん、これ以上なく拡散しやすい。

三つの問いを通しただけで、当たり前に見えた一文が、いくつもの穴を抱えていることが見えてきます。これが、道具を持つということです。

まとめ:読むのをやめるのではなく、椅子を替える

本記事の結論は、「ビジネス書を読むな」ではありません。

同じ本を読んでも、二つの読み方があります。「この人の言うとおりに、自分を作り変えよう」と読むなら、判断の手綱を著者に渡すことになります。「この人の経験から、自分の目標に使えるものは何だろう」と取捨選択しながら読むなら、手綱は自分の手に残ります。

読むほど動けなくなるのは、冊数の問題ではありません。読むたびに「まだ自分は足りない」を確認する側の椅子に座っているからです。 三つの問いは、その椅子を替えるためにあります。

一度その作られ方を見抜いた目は、二度と、同じ手品を、手品と知らずに眺めることはできなくなります。次に「マインドセットがあなたを変える」という言葉に出会ったとき、問うべきは「本当だろうか」ではなく、「この言葉は、なぜ自分のもとへ届いたのか」です。

その全体像は、マインドセットを真似ても豊かにならない理由にまとめています。

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参考文献

【学術論文・理論】

  • Wald, A. A Method of Estimating Plane Vulnerability Based on Damage of Survivors(1943)Statistical Research Group, Columbia University(生存バイアスの起源的事例)
  • Ross, L. “The Intuitive Psychologist and His Shortcomings” Advances in Experimental Social Psychology, 10(1977)
  • McGuire, W. J. “Inducing Resistance to Persuasion: Some Contemporary Approaches” Advances in Experimental Social Psychology, 1(1964)
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