自信という順序

「自信をつける方法」を探す順序が、なぜ逆なのか|自責の解除

はじめに

動き出す前に、まず自信をつけなければならない。多くの人が、そう感じています。だから、自信をつける方法を探し、朝の宣言を試し、心のブロックを外そうとします。そして、探しているうちに、自信はいっこうにつかず、自分を責める時間だけが増えていきます。

自信をつけるための習慣や言葉の使い方については、すでに情報が揃っています。本記事が扱うのは、その順序のほうです。「自信をつけてから動く」という順番は、そもそも成り立つのか。

結論を先に示します。自信は、行動の前提ではなく結果です。 そして「自信が足りないから変われない」という説明は、あなたの人格についての診断ではなく、原因の置き場所をひとつに絞った説明の構造が、必然的に生み出す出力です。

手応えの返ってこない計測

まず、自信が育たない場面から見ていきます。

成功した人の朝の習慣を採り入れる。最初の数日は、確かな手応えがあります。これまで漫然と過ごしていた朝が、意志的な時間に変わる。同じことをしている、という事実そのものが、自分が変わりつつある証拠のように感じられます。

ところが、数週間、数ヶ月と続けるうちに、奇妙なことが起こります。習慣を守れている日ほど、かえって心は落ち着かなくなる。

理由を探ると、ある仕組みに行き当たります。手本を真似るという行為は、その一回ごとに、「自分はまだ、その人ではない」という事実を静かに突きつけてきます。手本との距離を縮めようとする動作が、そのつど手本との距離を測り直す動作になっている。近づこうとするほど、まだ着いていないことを確認してしまう。

これは体重計とは正反対です。体重計に乗る人は、数字が減っていく手応えを、確かな前進として受け取れます。ところが、手本を真似る人には、対応する数字がありません。 代わりにあるのは、「あの人のようになれているか」という、自分では決して満たしたと言えない基準だけです。体重計なら「目標達成」で降りられますが、この基準からは、永遠に降りられません。

手応えの返ってこない計測ほど、人の心をすり減らすものはありません。 そして、すり減った心は、その消耗の原因を計測の仕組みにではなく、また自分の至らなさに求めてしまいます。手応えがないのは基準が空虚だからなのに、自分がまだ未熟だからだ、と読み替えてしまう。

「弱気を消せ」という指示が作る、終わらない検閲

もう一つ、頻繁に差し出される指示があります。お金に対する後ろ向きな思い込みを手放しなさい。「自分には無理だ」という考えが浮かんだら、すぐに打ち消しなさい——心の中の弱気を監視し、見つけしだい消去せよ、という命令です。

この指示は、実践者の心の中に、新しい仕事を一つ作り出します。自分の思考を、たえず見張る仕事です。 一日中、自分の頭の中を巡回し、不適切な思考を取り締まる検閲官を、自分自身の中に住まわせることになります。これは、心を軽くするどころか、片時も気の休まらない労役です。

しかも、この検閲には逆説がつきまといます。ウェグナーらの実験が示したように、ある考えを抑え込もうとすると、かえってその考えが頭から離れなくなります[Wegner et al., 1987]。「不安を考えるな」と自分に命じれば命じるほど、その不安は意識の前面にせり出してくる。打ち消そうとする力が、打ち消したい対象を、逆に呼び寄せてしまう。

さらに見落とせないことがあります。消去を命じられる考えの中に、しばしば、その人の正確な現実認識が含まれているという点です。

「いまの収入では将来が不安だ」「この支出は身の丈に合っていない」——こうした考えは、必ずしも歪んだ思い込みではありません。むしろ、自分の置かれた状況を冷静に捉えた、健全なセンサーであることが多い。痛みを感じる神経が体を危険から守るように、不安という感覚も、自分の現実の危うさを知らせる大切な信号です。

それを「弱気だから消せ」と命じることは、自分の現実を見る目そのものを塞いでしまうことになりかねません。警告灯を、わずらわしいからといって電球ごと外すようなものです。感情としての不安は抑え込めても、その不安を生んでいた現実そのものは、手つかずのまま残り続けます。

▸ 表層の習慣を写しても続かない仕組みは、モーニングルーティンを写しても結果が写らない理由で扱っています。

変われなさが、なぜ自分の内側へ返ってくるのか

ここで、核心の問いに入ります。うまくいかないとき、その失敗が、なぜ決まって実践者自身の内面へ送り返されてくるのか。

答えは、説明の設計にあります。この種の言説は、豊かさを決める要素として、心の構えただ一つだけを舞台に上げました。 元手も、巡り合わせも、生まれも、時代も、すべて視界の外に置いた。

すると、論理的にこうなります。もし豊かさを決めるのが心だけなら、豊かになれないという結果は、心に欠陥があったこと以外、何ものも意味しえない。 原因の候補が一つしか残されていない以上、失敗の責任は、その唯一の候補——あなたの心——へ自動的に集約されます。

これは、実践者の性格が弱いからではなく、説明の設計が、はじめからそう組まれているからです。

この構造は、最も追い詰められている人を、最も深く傷つけます。余裕のある人にとって、この種の本は休日の読み物の一つかもしれません。効かなくても、痛手はありません。けれども、今月の支払いに頭を抱え、どうしても現状を変えなければならない人にとって、それは藁にもすがる希望です。 切実な人ほど深く信じ、持てるものを注ぎ込み、そして変われなかったとき、「自分の心がまだ足りないからだ」という説明を、まともに受け取ってしまいます。

ここで、はっきりさせておきます。この害には、加害者の顔が見えません。 本を書いた人も、それを薦めた人も、多くは善意です。「あなたにもできる」と、心から励ましているつもりでいる。それでも、豊かさの原因を心だけに置くという構造が、その善意を通して作動し、結果として、最も弱い立場の人に最も重い自責を負わせてしまう。責めるべきは個々の語り手ではなく、その語りを成り立たせている枠組みのほうです。

基準を、自分の手に戻す

では、どうすれば、この回路から降りられるのか。鍵は、自信を増やすことではなく、測っている基準の出どころを確かめることにあります。

「マインドが足りない」という声が、これほど人を打ちのめせたのは、私たちが、外から借りた基準で自分を測っていたからでした。借り物の基準で測るかぎり、その基準に届かない自分は、いつでも「足りない自分」です。だから、その声は、いつでも的中します。

けれども、自分の目標へ向かって自分の速度で歩いている人にとって、その声は、もはや当たりません。誰かの定めた成功の基準に、自分を合わせて生きているのではないからです。声は、外の基準を内面化している人にだけ突き刺さります。

ここを、取り違えないでください。崩れない自分とは、鋼のように硬く、何があっても動じない自分のことではありません。 むしろ逆で、つまずきもすれば、落ち込みもする、ごく普通の自分です。違うのは、落ち込んだあと、その落ち込みを「自分という人間そのものの欠陥」の証拠にしてしまわない、という一点だけです。

うまくいかなかったことと、自分に価値がないことは、別のことです。 借り物の基準で生きていると、この二つがべったりとくっついてしまいます。一つの失敗が、ただちに人格全体の否定へとなだれ込む。基準が自分の手にあるとき、失敗は、ただの失敗のままそこにとどまります。

具体的には、つまずいたとき、こう問い直すことです。「自分は、誰の基準に届かなかったのか」。もしその基準が外から借りたものなら、届かないことを自分を罰する理由にする必要はありません。届かなくて当然です。それは、はじめから自分のものではなかったのですから。

まとめ:自信は、前提ではなく結果である

「自信をつけてから動く」という順序が逆なのは、自信の本当の源が、宣言でも心構えでもなく、自分の手で実際に何かをやり遂げた経験のほうにあるからです[Bandura, 1977]。前提として用意しようとするかぎり、自信は永遠に足りません。行動の結果として積み上がるものを、行動の前に揃えようとしているからです。

そして、いま自信が足りないと感じていることは、人格の欠陥ではありません。手応えの返らない基準で自分を測り続ければ、誰であっても同じ結果になります。

問いを掛け替えれば、順序は自然にほどけます。「どうすれば自信がつくか」ではなく、「自分は、誰の基準に向かって歩いているのか」。基準が自分の側に戻った瞬間から、小さな一歩は、手本との距離を測り直す動作ではなく、確かに積み上がる経験に変わります。

その全体像は、マインドセットを真似ても豊かにならない理由にまとめています。

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参考文献

【学術論文・理論】

  • Wegner, D. M., Schneider, D. J., Carter, S. R., & White, T. L. “Paradoxical Effects of Thought Suppression” Journal of Personality and Social Psychology, 53(1)(1987)
  • Bandura, A. “Self-Efficacy: Toward a Unifying Theory of Behavioral Change” Psychological Review, 84(2)(1977)
  • Sheldon, K. M., & Elliot, A. J. “Goal Striving, Need Satisfaction, and Longitudinal Well-Being: The Self-Concordance Model” Journal of Personality and Social Psychology, 76(3)(1999)
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