借り物の自己像

「意識高い系」と揶揄される人が抱えている構造|借り物の自己像

はじめに

早起きを宣言し、読んだ本を並べ、目標を掲げる。同じことをしていても、ある人は自然に映り、ある人は「意識高い系」と揶揄されます。この言葉が持つ独特の刺さり方を、多くの人が知っています。言われた側が痛いのは、まったくの的外れではないと、どこかで感じてしまうからです。

揶揄されない振る舞い方や、印象の整え方については、すでに情報が揃っています。本記事が扱うのは、その手前にある構造です。同じ行動が、なぜ一方では自然に見え、もう一方では空虚に見えるのか。

結論を先に示します。分かれ目は、行動の内容ではありません。その行動が、誰の自己像から出ているかです。 そして、この構造を理解すると、揶揄は人格への評価ではなく、ある軋みの音として聞こえるようになります。

まず、揶揄する側には立たない

はじめに、立場をはっきりさせておきます。本記事は、「意識高い系」と呼ばれる人を笑う側には立ちません。

早起きをすること、本を読むこと、目標を掲げること、学びの場に足を運ぶこと。これらは、それ自体としては何ひとつ責められる行いではありません。 むしろ、自分の生活を変えようとする動きは、まっとうな向上の意志から出ています。それを嘲笑する文化のほうにも、変わろうとする人を引き下げる作用があります。

見つめたいのは、笑う側の正しさでも、笑われる側の落ち度でもありません。同じ行動が、ある場合には満たしをもたらし、ある場合には消耗だけを残す——その差がどこから来るのか、という一点です。

私たちが写しているのは、習慣ではなく自己像

成功者を真似るとき、私たちは、その人の習慣や口ぐせだけを写しているつもりでいます。けれども、実際に写し取ろうとしているのは、もっと深いものです。「自分は、その成功者のような人間である」という自己像のほうです。

早起きをするのも、本を読むのも、「私はそういう人間だ」と思い込もうとするための、いわば衣装です。問題は、その自己像が、自分の内側から立ち上がってきたものではなく、外から借りてきたものである点にあります。

借り物の自己像は、身体に合いません。 サイズの違う服のように、動くたびにずり落ち、引きつれ、違和感を訴え続けます。「自分は豊かな成功者だ」と唱えても、心のどこかで、そうではないと知っている。その知っている部分と、なろうとしている像とのあいだに、たえず軋みが生まれます。

焦りや落ち着かなさの正体は、この軋み——借り物の自己像と、本当の自分との、埋まらない隙間から立ちのぼる軋み——でした。

そして、この軋みは、外からも見えます。 「意識高い系」という言葉が刺さるのは、人格を的中させているからではありません。演技と発露の落差という、この軋みのほうを拾っているからです。

唱えるほど、距離が測り直される

深部の自己像を動かそうとして、よく勧められる方法があります。「成功者の自己像を、自分のものとして思い描け」という助言です。鏡に向かって宣言する。すでに成功した自分をありありと想像する。

ここにも、落とし穴があります。写し取ろうとしているのが、依然として他人の自己像だからです。

自己像は、服のように外から着せ替えられるものではありません。その人がこれまで生きてきた経験と、無数の小さな確信とが、長い時間をかけて編み上げてきた、深いところにある信念体系の一部です。 借りてきた像は、その上でうまく動きません。「自分は豊かだ」と唱える声は、意識の表面を上滑りしていくだけで、その下にある「でも、本当はそうではない」という確信とぶつかり、宙に浮いたまま空回りします。

それは、意味のわからない外国語の文を、発音だけ覚えて繰り返すことに似ています。音は口から出ていても、その言葉が指している中身は、自分の中に何ひとつ立ち上がってきません。

唱える本人がいちばんよく知っています。その言葉が、自分の本当の確信とどれだけかけ離れているかを。だから、声に出すたびに、宣言の中身を信じるどころか、「自分はこの言葉を、心から信じられていない」という事実のほうが確認されていきます。

この空回りは、ときに唱える前より事態を悪くします。心は、二つの食い違うメッセージを同時に抱え込むことに耐えられないからです。ウェグナーらの実験はよく知られています[Wegner et al., 1987]。「白い熊のことだけは考えないように」と指示された人ほど、白い熊のイメージが次から次へと頭に浮かんでしまう。 打ち消そうとする試みが、打ち消したい対象に、わざわざ注意を向け続けさせるからです。

なりたい自分を強く念じる行為が、いまの自分との距離を、念じるたびに測り直させる——願望の言葉が、欠乏の確認装置に裏返る瞬間です。

▸ 表層の習慣を写すときに何が起きるかは、モーニングルーティンを写しても結果が写らない理由で扱っています。

なぞる自己像と、立てる自己像

ここまでの話は、矛盾して聞こえるかもしれません。深部の自己像を変えなければ引き戻される、と言いながら、自己像を思い描く方法は空回りする、と言う。この一見した矛盾を解くのが、他人の自己像を「なぞる」ことと、自分の自己像を「立てる」こととの区別です。

二人の人を想像してみましょう。一人は、憧れの成功者の像を、できるだけ忠実に自分の上に重ねようとしています。基準は、つねに外にあります。「あの人ならどうするか」が、行動のものさしです。

もう一人は、別の地点から出発します。「自分は本当のところ、何を成し遂げたいのか」という問いから始める。誰かのようになることが目的なのではなく、内側から立ち上がってきた自分自身の目標がある。そして、その目標を生きる自分は、おのずとどんな人間でなければならないか——その像を、自分の手で立てていく。

前者の自己像は、外からなぞった輪郭です。後者の自己像は、内から立ち上げた構造です。

この二つが持続において決定的に違うことを、心理学は示してきました。シェルドンとエリオットは、人が掲げる目標を、その出どころによって区別しました[Sheldon & Elliot, 1999]。自分の価値観や関心と深く結びついた目標を持つ人は、困難に出会っても歩みを止めにくく、長い時間を経ても満たされ方が続いていく。 その目標は、誰かに見せるための演技ではなく、その人自身の核から湧き出ているために、意志の力で引っぱらなくても、おのずと行動を動かすからです。

その後の道のりも分かれます。なぞる人は、憧れの相手が次の方法を打ち出すたびに、自分の振る舞いを描き直さなければなりません。基準が外にあるので、外が動けば、自分も動かざるをえない。 やがて、模範にしていた人物が古びたり、別のもっと魅力的な相手が現れたりすると、積み上げてきた像は足場ごと崩れます。

同じつまずきの意味も、正反対になります。 なぞる人にとって、つまずきは「あの人のようになれない自分」の証拠であり、自分を責める材料になる。立てる人にとって、同じつまずきは、自分の目標へ向かう途中の一つの段差にすぎず、責める対象ではなく、越える対象になります。

この差は、能力の差でも意志の差でもありません。自己像が、外から借りたものか、内から立てたものか——その出自の差です。

まとめ:問いを「どう見られるか」から「誰の像か」へ

「意識高い系」という揶揄を避けようとすると、人はふつう、振る舞いを控えめにする方向へ向かいます。けれども、それは基準を「他人からどう見えるか」に置いたままの調整であり、外に基準を預けているという点では、なぞる姿勢と同じ場所にとどまります。

同じ動作が、その人の自己像が本物か借り物かによって、正反対の効果を生みます。発露は人を満たし、演技は人をすり減らす。 だからこそ、本当に問うべきは「何をするか」でも「どう見られるか」でもなく、「その行動は、いったい誰の自己像から出ているのか」です。

この問いに立ったとき、揶揄は力を失います。外の視線に合わせて振る舞いを削る必要も、逆に押し通す必要もなくなるからです。 基準が自分の側に戻れば、早起きも読書も学びも、演技ではなく発露として、静かに続いていきます。

その全体像は、マインドセットを真似ても豊かにならない理由にまとめています。

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参考文献

【学術論文・理論】

  • Wegner, D. M., Schneider, D. J., Carter, S. R., & White, T. L. “Paradoxical Effects of Thought Suppression” Journal of Personality and Social Psychology, 53(1)(1987)
  • Sheldon, K. M., & Elliot, A. J. “Goal Striving, Need Satisfaction, and Longitudinal Well-Being: The Self-Concordance Model” Journal of Personality and Social Psychology, 76(3)(1999)
  • Swann, W. B., Jr. “Self-Verification: Bringing Social Reality into Harmony with the Self” in Psychological Perspectives on the Self, Vol. 2(1983)Erlbaum
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