はじめに
大胆で、楽観的で、長期の視点を持ち、失敗を恐れない。成功者に共通して見られるとされる思考法は、たいていこうした特徴で語られます。この観察自体は、ひとまず認めることにしましょう。
どの思考法をどう身につけるかについては、すでに情報が揃っています。本記事が扱うのは、その一段手前にある問いです。その思考法は、富を生んだ原因なのでしょうか。それとも、富がもたらした結果なのでしょうか。
結論を先に示します。二つの出来事がいつも一緒に現れるとき、私たちはどちらが原因でどちらが結果かを、しばしば取り違えます。 そして「成功者の思考法」とされるものの多くは、よく見ると、成功していることが先にあって、はじめて持てるようになる心の状態です。
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矢印は、逆を向いているかもしれない
考えてみてください。失敗を恐れずに大胆な賭けに出られるのは、失敗しても生活が破綻しない蓄えがあるからかもしれません。 長期の視点を持てるのは、来月の家賃に追われていないからかもしれません。鷹揚で、寛大で、人を信じられるのは、その余裕を経済的な安定が支えているからかもしれません。
原因と思われていたものが、実は結果だった。順番が、ひっくり返っています。
この逆転は、余裕のない側に立つと、さらにはっきりします。来月の支払いに追われている人が長期の視点を持ちにくいのは、心が貧しいからではありません。目の前の危機が、視野を狭めざるをえないほど切迫しているからです。 わずかな失敗が生活の崩壊に直結する状況で大胆な賭けに出ないのは、臆病だからではなく、合理的だからです。
つまり、「貧しい人の思考法」とされるものの多くもまた、状況が人に強いている心の状態です。それを「心が貧しいからだ」と読むのは、足元の凍結を見ずに「不注意な人だ」と決めつける帰属の錯誤[Ross, 1977]の、最も残酷な応用にほかなりません。
もし思考が富の結果であって原因でないのなら、思考だけを真似ることには、ほとんど意味がありません。 豊かさが楽観を生むのであって、楽観が豊かさを生むのでないなら、写し取った楽観は、支えるものを持たない空中の楼閣にすぎないからです。
背後にいる、第三の要因
原因と結果の取り違えに加えて、もう一つの可能性があります。思考が富を生んだのでも、富が思考を生んだのでもなく、その両方を、第三の何かが背後から同時に生んでいるという可能性です。
統計を扱う人々が警戒する落とし穴に、交絡と呼ばれるものがあります。二つの事柄が連動して動いて見えるとき、実はそのどちらでもない、隠れた第三の要因が両方を裏で操っている、という状況です。アイスクリームの売上と水難事故の件数は、いっしょに増減します。 だからといって、アイスクリームが人を溺れさせるのではありません。背後に「気温」という第三の要因があり、暑さがアイスを売り、人を水辺へ向かわせている。
思考法と富のあいだにも、同じ構造が疑われます。まず思い浮かぶ第三の要因は、生まれ育った環境です。豊かな家に生まれた子どもは、早くから本に囲まれ、投資や事業の話を食卓で聞いて育ち、失敗しても受け止めてくれる網の中で挑戦できます。その結果として、読書の習慣も、お金についての語彙も、危険を取る度胸も、自然に身につく。そして同じ環境が、相続される資本や人脈を通じて、富そのものももたらす。
すると、「読書家で大胆な思考」と「富」は、どちらも「恵まれた出自」という一つの根から生えた、二本の枝にすぎないことになります。
第三の要因は、出自だけではありません。受けられた教育、生きた時代の経済状況、属していた業界がたまたま伸びたかどうか、決定的な場面での巡り合わせ。これらはどれも、「ある種の心構え」と「ある種の結果」を、同時に引き寄せる力を持っています。
▸ そもそも「共通点」という標本がどう作られるかは、成功者の共通点は、どうやって作られたのかで扱っています。
手本の顔ぶれが画一的であることの意味
手本とされる成功者のメニューが驚くほど画一的であることも、この第三の要因の存在を指し示しています。
真似るべき相手として持ち出されるのは、たいてい、特定の業界の、特定の世代の、特定の経歴を持つ人々です。もし成功が純粋に思考法だけで決まるのなら、成功者の顔ぶれは、もっと雑多で、もっと予測のつかないものになるはずです。 ところが現実には、成功者の輪郭は、出自や時代や業界によって、あらかじめ大きく絞り込まれています。
ここに、模倣の弱点があります。仮に「恵まれた出自」が思考と富の両方を生んでいるのだとしたら、出自を持たない人が、そこから生えた「思考」という枝だけを写し取っても、富という別の枝が生えてくるはずがありません。枝と枝のあいだに、直接の因果はないからです。
そして厄介なことに、根は地面の下にあって、外からは見えません。見えるのは、地上に伸びた二本の枝だけです。だから私たちは、見えている枝と枝を結びつけて、一方がもう一方を生んだと思い込んでしまいます。
極端な成功ほど、巡り合わせの取り分が大きい
もう一つの要素を、正面から舞台にのせます。運です。
運を持ち出すと、実力や本人の積み重ねを軽んじているように聞こえるかもしれません。そうではありません。実力は確かに結果に効いています。問題は、その効き目が、舞台の種類によってまるで変わることです。
経済学者のロバート・フランクや、運用の世界を長く分析してきたマイケル・モーブッシンが繰り返し指摘してきた論点があります[Frank, 2016/Mauboussin, 2012]。競争が激しく、結果の差が極端に開く領域ほど、頂点に立つ人の成果に占める運の割合が大きくなる。 理由は単純です。頂点を争う人々の実力は、ほとんど横並びになる。すると、その紙一重の上に、たまたまの巡り合わせが乗ったとき、その小さな差が勝者と敗者を分ける最後の一押しになります。
見分ける簡単な目安があります。わざと負けることができるか、と問うてみてください。チェスや徒競走なら、実力のある人はわざと負けられます。結果が自分の選択に結びついているからです。ところが宝くじやルーレットでは、わざと負けることすら思うようにできません。
一代で桁外れの富に到達する道のりは、無数の偶然に左右され、最も実力のある人でさえ狙って再現できません。つまり「わざと負けることが難しい」領域に、かなり近い。狙って再現できないものを、後から真似て再現しようとすることに、そもそも無理があります。
そして、真似るべき対象として選ばれるのは、たいてい、その分野の最も極端な頂点に立った人々です。運の取り分が最も大きくなる、まさにその場所にいる人たちです。 運は、習慣でも口ぐせでも思考法でもありません。真似のしようがない。 真似できる部分だけを抜き出して写し取っても、結果を分けた肝心の要因が、まるごと写し取れていません。
手本そのものが、平均へ戻っていく
統計の側から、もう一つの裏づけがあります。平均への回帰と呼ばれる、地味で、しかし破壊力のある現象です[Galton, 1886]。
十九世紀の科学者フランシス・ゴルトンは、背の高い親の子どもが親ほどには高くならず、背の低い親の子どもが親ほどには低くならない傾向を見つけました。極端な値は、次の機会には平均のほうへ引き戻される。 これは運の要素が関わるあらゆる出来事に広く当てはまります。
なぜか。ある一回の結果が、実力と運の足し算でできているとします。とびきり良い結果が出たとき、そこには高い実力に加えて、たまたま良い巡り合わせが重なっていたことが多い。次の機会には、実力はそのままでも、運が平均的なところへ戻る。すると結果全体も平均のほうへ下がってきます。
この現象は、成功者の物語に錯覚を仕込みます。とびきりの成功を収めた直後の人は、ちょうど追い風が最も強く吹いた地点に立っています。その人が成功を振り返って語るとき、語られるのは運ではなく、自分の思考法や習慣です。その後の成果が前ほどの輝きを失っていくのは、思考法を捨てたからではありません。一度きり強く吹いた追い風が、平均のほうへ戻っただけです。
ここで、たちの悪い読み替えが生まれます。成果が平凡へ戻っていくのを見て、私たちは——あるいは本人すら——「初心を忘れた」「気が緩んだ」と説明したがります。すると解決策もまた、心のほうへ向かいます。 一度上がったものは必ずいつか戻る、というだけの話が、心の問題として商品化されていきます。
まとめ:真似ているのは、後付けの説明かもしれない
私たちが手本にする成功者は、その成果が最も極端に振れた、まさにその瞬間に切り取られた人々です。極端な瞬間は、定義からして、平均のほうへ戻っていく運命にあります。手本そのものが回帰していくものを、後から真似て、極端な成功が再現できるはずもありません。
いわば私たちは、潮が最も高く満ちた一瞬の岸辺を見て、「この高さこそが海の本当の姿だ」と思い込み、引いていく潮を追いかけて、そのやり方を覚えようとしているようなものです。満潮は満潮であって、海面の標準ではありません。
この見立ては、「だから何をしても無駄だ」という諦めにはつながりません。逆因果・交絡・運・回帰という四つの目盛りを持つと、他人の成果を見る目が変わります。 「この人の思考をどう真似るか」ではなく、「この結果は、どんな条件の上に成り立っているのか」。同じ物語を眺めても、なぞるべき手本として見るか、検討すべき仮説として見るかで、次に進む方向は変わります。
その全体像は、マインドセットを真似ても豊かにならない理由にまとめています。
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参考文献
【学術論文・理論】
- Ross, L. “The Intuitive Psychologist and His Shortcomings” Advances in Experimental Social Psychology, 10(1977)
- Frank, R. H. Success and Luck: Good Fortune and the Myth of Meritocracy(2016)Princeton University Press
- Mauboussin, M. J. The Success Equation: Untangling Skill and Luck in Business, Sports, and Investing(2012)Harvard Business Review Press
- Galton, F. “Regression Towards Mediocrity in Hereditary Stature” The Journal of the Anthropological Institute of Great Britain and Ireland, 15(1886)






