効力感が育つ条件

成功体験は、他人のものを借りられない|効力感が育つ本当の条件

はじめに

小さな成功体験を積みなさい。そう言われて、まず何をするか。多くの人は、すでに成功した人の体験談を読み、その手順をなぞろうとします。

成功体験の積み方や、記録の付け方については、すでに情報が揃っています。本記事が扱うのは、その源のほうです。「自分にはできる」という感覚は、そもそもどこから来るのか。

結論を先に示します。この感覚を育てる最も強い源は、自分でやってみて、できた、という経験です。他人がうまくやっているのを見ることは、源としてはるかに弱い。 成功者の姿をいくら眺めても手応えが育たなかったのは、最も弱い源を、最も熱心に使っていたからでした。

効力感が育つ源には、強弱がある

「自分には、何かを成しうる」という感覚を、心理学では効力感と呼びます。心理学者バンデューラは、人がこの感覚をどこから得るのかを丹念に調べました[Bandura, 1977]。

その結論は明快です。効力感を育てる最も強力な源は、実際に自分でやってみて、できた、という遂行の経験です。 他人の成功を見ること、「あなたならできる」と励まされること——これらも源ではありますが、遂行の経験に比べれば、はるかに弱い。

自分の手を動かし、小さくとも実際に何かをやり遂げた経験だけが、揺るがない「できる」の感覚を、心の底に積み上げていきます。

模倣は、この順位をひっくり返して教えてきました。成功者のように振る舞い、成功者のように考えれば、自分も成功できる気がしてくる、と。 けれども、そうやって得た感覚は、現実の壁にぶつかれば、たちまち崩れます。借りたものだからです。

手本が高いほど、進んだ手応えはかき消される

ここに、模倣との決定的な違いがあります。

模倣は、いきなり、はるか高みにいる人を手本に置きます。 だから、自分との距離があまりに大きく、一歩進んでも「まだ全然届かない」という焦りばかりが募ります。

しかも、遠すぎる手本を見続けることは、効力感の源として弱いだけでなく、しばしば逆の働きをします。 「自分は、あそこまで到底届かない」という無力感のほうが、先に育ってしまう。手本が高ければ高いほど、いまの自分との落差が際立ち、一歩進んだことの手応えは、その巨大な落差の中にかき消されます。

だから、模倣に打ち込む人ほど、進んでいるはずなのに、自信を失っていきます。

比べる相手を、ほんの少し前の自分に置きかえると、世界が反転します。昨日できなかったことが、今日できた。その小さな差分は、巨大な手本の前ではかすんでしまうけれど、過去の自分との比較の中では、はっきりとした前進として心に刻まれます。

手本との距離に立ちすくむ代わりに、昨日の自分との差分を確かめていく。比べる相手は、もう、はるか上の誰かではなく、ほんの少し前の自分自身です。

▸ 「自信をつけてから動く」という順序そのものについては、「自信をつける方法」を探す順序が、なぜ逆なのかで扱っています。

なぜ、自分の目標からの一歩だけが積み上がるのか

もう一つ、見落とされがちな条件があります。その一歩が、誰の目標へ向かっているかです。

心理学が積み重ねてきた知見によれば、人には「自分の行動を、自分で選んでいる」という感覚——自律性への必要が、生まれつき備わっています[Deci & Ryan, 1985/Ryan & Deci, 2000]。これは贅沢な願望ではなく、心の基本的な必要です。そして、この感覚が満たされている行動ほど、人は長く、生き生きと続けられます。

借り物の目標が長続きしないのは、この必要を満たさないからです。「まわりに遅れたくないから」「認められたいから」という動機で動くとき、その行動の手綱は、自分ではなく外側にあります。 本人は「自分で選んだ」と感じていても、心の深いところでは、外から押されて動いていることを知っている。だから、その行動は、外からの圧力が続くあいだしか保ちません。

一方、自分の目標から生まれた行動は、違う仕組みで動いています。外から押されているのではなく、内側から、自分の大切にしたいことへ向かって進んでいる。 だから、誰も見ていなくても、誰にも褒められなくても止まりません。

ここで、よくある誤解を解いておきます。「自分の目標から動く」ことは、楽な道を選ぶことではありません。 自分の目標への道にも、地道で骨の折れる場面はいくらでもあります。違うのは、その骨折りを、誰かに強いられてではなく、自分が選んだものとして引き受けられる、という一点だけです。

同じ困難でも、強いられた困難は人をすり減らし、自分で選んだ困難は人を鍛える。自律性が満たしてくれるのは、困難の不在ではなく、「これは、自分が選んだ道の困難だ」という納得のほうです。

減っていく回路と、増えていく回路

こうして見ると、模倣と実行の違いは、回路の向きの違いとして整理できます。

模倣には、二重の空回りがありました。一つは、誤った原因を写していたこと。 手本の思考が豊かさの原因ではなかったので、どれだけ正確に真似ても現実は動かない。タイヤが地面をとらえず、空転していました。もう一つは、表層を写しても深部の自己像が変わらず、たえず元の場所へ引き戻されていたこと。 アクセルを踏みながら、見えないブレーキが同時に踏まれていました。

自分の目標から立てて歩くようになると、この二つが同時に解けます。自分の目標へ向かう行動は、誰かの結果を逆算した思考の写しではなく、自分が現実に働きかける具体的な営みです。 だから、タイヤがようやく地面をとらえる。小さくとも、現実が確かに動きはじめます。

さらに、その行動は、自分の大切にしたいことと結びついているために、深部の自己像とも衝突しません。「これは自分らしくない」という内側のつぶやきが消え、アクセルとブレーキを同時に踏む消耗がなくなります。

そして、前進の手応えは、それ自体が次の一歩を生む燃料になります。 空回りしていたときは、踏ん張るほどに「まだ届かない」が積み重なり、やがて力が尽きました。立てて歩くときは、一歩進むごとに「確かに進んだ」が積み重なり、その積み重ねが次の一歩を押し上げていく。

前者は、踏むほどに減っていく回路であり、後者は、踏むほどに増えていく回路です。 同じだけの労力をかけても、行き着く先はまるで違います。

まとめ:今日の一歩は、どれほど地味でもかまわない

「成功者のように、大きな成果を上げる」という遠い像を毎朝思い描く代わりに、自分の目標に向かって、今日、自分の手で実際にできる、ごく小さな一歩を一つだけ選んで、やり遂げる。

それがどれほど地味で、小さく見えてもかまいません。やり遂げたという事実が、心に小さな確信を刻みます。その確信は、誰かに借りたものではなく、自分の手で得たものだから、揺らぎません。

借り物の自信は、壁にぶつかれば崩れます。小さな実行を積み重ねて育てた効力感は、壁にぶつかっても「では、次はどうするか」と、自分を立て直す力になります。

真似ることは、いつまでも「まだ届かない」を確認させました。立てることは、「少し進んだ」を、毎日、確認させてくれます。

その全体像は、マインドセットを真似ても豊かにならない理由にまとめています。

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参考文献

【学術論文・理論】

  • Bandura, A. “Self-Efficacy: Toward a Unifying Theory of Behavioral Change” Psychological Review, 84(2)(1977)
  • Deci, E. L., & Ryan, R. M. Intrinsic Motivation and Self-Determination in Human Behavior(1985)Plenum Press
  • Ryan, R. M., & Deci, E. L. “Self-Determination Theory and the Facilitation of Intrinsic Motivation, Social Development, and Well-Being” American Psychologist, 55(1)(2000)
  • Sheldon, K. M., & Elliot, A. J. “Goal Striving, Need Satisfaction, and Longitudinal Well-Being: The Self-Concordance Model” Journal of Personality and Social Psychology, 76(3)(1999)
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