競合分析の道具は、どれも同じものを要求します。「競合」として扱う相手の一覧を、こちらが用意することです。
3C、SWOT、ファイブ・フォース、VRIO、バリューチェーン。並べ方はそれぞれ違いますが、一覧が入力になっている点は共通しています。入力である以上、分析の出力は一覧の関数になります。入力が変われば結論が変わり、入力が同じであるかぎり、どれだけ精緻に分析しても結論の向きは変わりません。そして、一覧をどう作るかは、どのフレームにも書かれていません。
解ける問いは三つあります。フレームが何を所与としているか。比較の軸がどこから供給されているか。そして、軸を入れ替える材料がどこにあるか。この三つは、道具の側の性質と、比較という行為の性質から出てくるので、どの領域の事業でも同じ形をしています。だから外から書けます。
解けないものもあります。あなたの領域で誰が本当の競合か、いま何をやめるべきか、記録が何件たまれば判断してよいか。これらは書けません。判断に必要な材料が、この記事ではなく、あなたが受けた依頼と断られた案件の中にあるからです。書ける側と書けない側の線は、そこに引かれます。そして、この線を無視して「本当の競合はこういう相手です」と一般論で書けば、それはまた一つ、外から渡された一覧になります。
実害が出ているかどうかは、意思決定の起点を見れば分かります。次に何をするかが、相手が何を始めたかで決まっているなら、座標系は相手の側にあります。このとき、打ち手は常に後手になり、しかも後手であることは表からは見えません。分析の表はいつも埋まっているからです。
費用の面にも、同じ形が出ます。相手の動きに合わせて位置を取り直す作業には、終わりがありません。一つの軸で追いついても、次の軸が現れます。追いつくたびに費用が発生し、追いついた事実そのものは蓄積になりません。次の年には、また同じ位置から始まります。
フレームが出すのは、比較の軸の上での自分の位置です。軸そのものは、フレームの外側で誰かが置いています。置いた側が相手であるかぎり、位置を何度測り直しても起点は動きません。読み終えて手元に残るのは、競合の一覧ではなく、その一覧をどこから作っているかを言える状態です。一覧を作り直すだけでは足りません。作り直した一覧も、出所を言えなければ、また外から受け取ったものとして働きます。
📖 目次
競合分析の五つのフレームが、共通して要求している入力
五つのフレームは、比較の範囲を入力として受け取り、その範囲が妥当かどうかは扱いません。
3C分析は、市場・競合・自社の三つを並べて、自社が取るべき位置を見ます。SWOT分析は、強み・弱み・機会・脅威の四象限に情報を整理します。バリューチェーン分析は、価値が生まれる工程を分解して、どの工程に優位があるかを見ます。VRIO分析は、自社の資源が価値・希少性・模倣困難性・組織の四条件を満たすかを判定します。
ファイブ・フォース分析は、業界の収益性を、新規参入の脅威・代替品の脅威・買い手の交渉力・売り手の交渉力・既存企業間の競合の五つの力から読み取ります。経営学者マイケル・E・ポーターが1980年の著書『競争の戦略』で示した枠組みです。
五つとも、実務で機能します。情報が構造化されて、議論の土台ができます。この効用は本物です。
問われないものは、道具ごとに決まっています。3Cは「競合」の欄に何を書くかを問いません。SWOTは「脅威」の欄に誰を書くかを問いません。バリューチェーンは、どの範囲を一つの連鎖と見なすかを問いません。VRIOの「希少性」は、何の中での希少性かを問いません。ファイブ・フォースは、その五つの力が働く「業界」の輪郭を問いません。
これは道具の欠陥ではありません。範囲を決める作業は、分析ではなく設計に属するからです。ファイブ・フォースはもともと業界構造を分析するために提示されたもので、業界を分析対象とする道具が業界の輪郭を問わないのは、当然のことです。道具は自分の適用範囲の内側で、正しく働いています。
問題は、道具がその分担を明示しないことです。フレームを埋めていくと、埋まったこと自体が「検討した」という感触を生みます。空欄が消えると、考えるべきことが尽きたように見えます。ところが結論を左右する変数である範囲そのものは、最初から欄の外にあります。
ずれが生じるのは、道具を持ち込む側の事情によります。一人ないし少人数で運営する事業では、そもそも「業界」という単位が実態と合わないことが多いからです。大企業が同業他社と市場を分け合う構図と、個人が特定の買い手と直接向き合う構図は、比較の構造が違います。前者では相手の一覧がほぼ固定されており、後者では買い手ごとに入れ替わります。
そして表は、埋めた本人に判断を下した感触を残します。表が完成すると、結論が導かれたように見えます。ところが表から出てくるのは、入力の整理された姿です。整理は判断ではありません。判断が済んだと感じた分だけ、範囲の側を問う機会が失われます。
「業界」の線は、参加者が互いを見て引いている
比較の範囲は、たいてい「業界」という言葉で与えられます。そしてこの線は、自然物ではありません。
統計を取るために行政が定めた分類、業界団体が加盟の範囲として定めた区切り、あるいは検索結果が並べた集合。いずれも、誰かが何かの目的で引いた線です。目的が違えば、線の位置も違います。統計のための分類は調査の便宜で引かれ、業界団体の範囲は加盟を受け付ける単位で引かれています。どれも、その事業の買い手が実際に何と比べているかを表していません。
線がどう作られるかについては、実際に業界の内部を調べた研究があります。経営学者のジョセフ・ポラック、ハワード・トーマス、チャールズ・バーデン=フラーは、スコットランドのニット製造業を対象に、経営者たちが誰を競合と見なしているかを調べました(Porac, Thomas & Baden-Fuller, 1989, Journal of Management Studies, 26(4), 397–416)。そこで観察されたのは、経営者が互いを見ながら似た者どうしを競合として括り、その括りが集団の中で共有され、共有されたことによってさらに強まっていく過程でした。線は外から与えられたのではなく、参加者の側で作られていました。
調べられた対象は特定の地域の特定の産業であり、統計的に一般化された法則ではありません。ここで借りているのは、業界の輪郭が参加者の相互の認識から生じうるという機序の記述だけです。
同じ買い手に同時に検討されている相手は、実在します。それを競合と呼んで何が悪いのか、という読み方があります。問題は、その相手をどうやって知るかです。
多くの場合、競合の一覧は、こちらが「同業だと思っている相手」から作られます。同じ肩書きを名乗っている人、同じ団体に属している人、同じ検索語で上に出てくる人。これはこちらの分類であって、買い手の分類ではありません。買い手が実際に並べているものは、しばしば業界をまたぎます。外注に出すか、社内で人を雇うか、道具を導入するか、そもそもやらないか。同じ業界には属していませんが、同じ予算を取り合っています。
規制で範囲が定まっている領域では、業界の線は実質的な意味を持ちます。資格が要る業務では、有資格者の集合がそのまま比較の範囲になります。分かれ目は、その線が買い手の選択肢を実際に制限しているかどうかです。制限していれば実在する範囲、していなければ、こちら側の分類にすぎません。
検索結果も、線が実在するように見える理由の一つです。ある語で検索すると、似た肩書きの事業者が並びます。しかし検索結果は、その語を打った人への回答であって、買い手の検討の全体ではありません。同じ買い手が別の日に別の語で検索し、まったく違う集合を見ています。並びは語ごとに違い、買い手の頭の中では合流しています。
取りこぼしは、ここに出ます。検索結果に出てくる相手だけを競合として扱うと、その語で検索しない層——まだその方法があることを知らない層——が、比較対象の集合からも届け先の設計からも同時に落ちます。分析の範囲が、そのまま事業の範囲になります。
競合分析を重ねるほど、位置は相手の座標系に固定される
道具を使って動くのは、使った人の判断ではありません。その判断が置かれる場所のほうです。
競合分析の出力は、比較の軸です。価格、納期、対応範囲、実績数、専門性。これらの軸の上に自社と競合を並べ、どこで勝ち、どこで負けているかを見ます。
軸はどこから来るのか。多くは、競合が既に打ち出している訴求から来ます。相手が「実績三百社」と掲げていれば実績数が軸として立ち、「最短三日」と掲げていれば納期が軸になります。つまり、比較の軸は競合が用意したものです。そして分析とは、その軸の上で自分の位置を測る作業です。
測った後にすることは、弱い軸を埋めるか、強い軸を伸ばすかのどちらかです。いずれの場合も、軸そのものは相手が置いたままです。
測り続けると、打ち手が相手の動きに従属します。相手が新しい訴求を始めると軸が一本増え、増えた軸で位置を測り直し、対応するかどうかを決めます。この繰り返しの中で、意思決定の起点は常に相手の側にあります。
時間の使われ方にも出ます。軸を追う作業は終わりません。軸は増え続けるからです。そして軸を追っているあいだ、その事業が何を重要と考えているかを言葉にする作業は後回しになります。後回しにしても誰も困らないので、いつまでも後回しになります。ここには思考の癖は「直す」ものではないで扱った構造と同じものが現れます。受け取った型は、それが型であるうちは見えません。
相手が訴求している軸は、買い手が実際に気にしている軸だから訴求されているのではないか。だとすれば採用するのは合理的なはずです。
一部は正しい指摘です。まったく無関係な軸を訴求し続ける事業者は市場から退くので、残っている軸には買い手の関心が一定は反映されています。
外れているのは、訴求されている軸が関心の全部だと想定している点です。訴求は、比較しやすい要素に集まります。数えられるもの、期間で言えるもの、一覧にできるもの。比較しにくいものは、関心があっても訴求されません。訴求すると比較で不利になるからです。
つまり市場に出ている軸の集合は、買い手の関心の集合ではなく、比較に耐える形へ整えられた関心の集合です。整形の段で落ちたものが、そのまま落ちたままになります。そして落ちたものの中に、値の判定を左右する要素が残っていることがあります。
差別化は、軸の上での移動である
「価格競争を避けるために差別化を」という助言は、正しく聞こえます。実際、多くの場面で有効です。ただし操作の位置を正確に置くと、差別化とは、既にある軸の上で他とは違う位置を取ることです。
軸が「対応範囲」なら、範囲を狭めるか広げるかで差をつけます。軸が「専門性」なら、対象を絞ることで差をつけます。どちらも、軸の上の移動です。
移動である以上、二つの性質が付いてきます。
一つ目は、比較が続くことです。位置が違っても、同じ軸の上にいるかぎり並べて見られます。並べて見られる状態では、判定の最後は総合点になります。そして総合点が拮抗すると、決め手は値に落ちます。差別化しても価格が最終判定に残るのは、このためです。
二つ目は、追いつかれることです。軸の上の位置は、他社も移動できます。有効だと分かった位置には、後から人が来ます。参入の障壁が低い領域ほど、この速度は速くなります。
追いつかれない差別化も存在します。模倣に長い時間か大きな投資を要する場合です。設備、蓄積されたデータ、法的な保護。VRIO分析が「模倣困難性」として扱っているのは、まさにここです。
ただし、一人ないし少人数で運営する事業では、この種の障壁は作りにくくなります。設備投資の規模で差がつく領域ではないからです。すると差別化の位置は、原理的に模倣可能な範囲に収まります。追いつかれるまでの時間差が、そのまま利益の源泉になります。これは稼げないことの説明ではなく、時間差を前提に設計するという制約の記述です。追いつかれない前提で組んだ計画は、追いつかれた時点で破綻します。
そして差別化の位置は、当たった瞬間に外部へ知らされます。打ち出している以上、見えるからです。見えるものは複製できます。有効な位置を発見し、その位置を公開する——差別化には、この二つが同時に含まれています。
だから差別化を軸にした設計は、常に次の位置を探し続けることを要求します。探し続けるかぎり、事業の重心は「何を重要と考えているか」ではなく「いまどこが空いているか」の側に置かれます。
空いている位置を探すこと自体は、悪い行為ではありません。需要があって供給が少ない場所を見つけるのは、事業の基本的な作業です。危ないのは、それが唯一の設計原理になったときです。空きは埋まります。埋まるたびに移動していると、蓄積が残りません。蓄積が残らない事業は、何年やっても初年度と同じ条件で競争することになります。
軸を入れ替えるとは、三つの問いに答えることである
軸の上の移動が差別化なら、軸そのものを変える操作は、比較の単位を変えることです。
単位とは、何を一つと数えるかです。単位を選ぶことは、誰と並ぶかを選ぶことと同じでした(価格設定を原価から始めない)。単位を変える操作は、三つの問いから成ります。
第一の問い。買い手は、これを何のために買っているか。表面の依頼内容ではなく、それを手に入れた結果として何が変わるのかを見ます。この問いへの答えが変わると、比較対象が変わります。
第二の問い。その目的に対して、買い手が検討している他の手段は何か。同業他社ではありません。同じ目的を別の方法で満たすものです。人を雇う、道具を導入する、社内でやる、やらない。ここに挙がるものが、本当の比較対象です。
第三の問い。その比較対象の中で、こちらだけが持っている条件は何か。差別化の問いに似ていますが、比較対象が違うので答えも違います。同業と比べたときの強みと、別手段と比べたときの強みは、一致しないほうが普通です。
三つの問いには、フレームがありません。埋めるべき欄もありません。既にある情報を整理しても、答えが出てこないからです。出てくるのは、買い手が実際に何を検討したかを聞いた記録からです。
第二の問いは、同業だけを見ているかぎり出てきません。同じ目的を満たす別手段は、たいていこちらより大きく安いか、大きく高いかのどちらかに振れています。自分でやるという選択肢は、金銭的な支出がゼロに見えます。人を雇うという選択肢は、桁が一つ上がります。同業と比べたときの数万円の差より、この振れ幅のほうがはるかに大きくなります。
この構図が分かると、値の意味が変わります。同業の中で二割高いことは、別手段との比較の中ではほとんど誤差になります。買い手が本当に迷っているのが「頼むか、自分でやるか」であるとき、同業との二割差は決め手になりません。
第三の問いにも、限定が付きます。ここで挙げるのは「強み」ではなく「条件」です。同業と比べたときの強みは、相対的な優劣として書けます。別手段と比べたときに書けるのは、こちらでなければ満たせない条件のほうです。そして条件を書き出した結果、別手段のほうが妥当だという結論になることがあります。その場合、正しい打ち手は説得ではなく、届け先を変えることです。
接触の段階によって、比較の集合は違います。買い手が既に「頼む」と決めた後に問い合わせてくる場合、比較対象は同業に戻ります。決めた後に来る買い手ばかりなら、同業比較から逃れられません。逃れるには、決める前の段階で接触している必要があります。ここで、比較の軸の問題が届け方の問題と地続きになります。
競合分析でやめるのは情報収集ではなく、軸の受け取りである
競合を見ないほうがよい、という話ではありません。やめる対象は二つです。
一つ目は、比較の軸を競合から受け取ることです。相手が何を訴求しているかは、情報として有用です。しかしそれを自分の評価軸として採用するかどうかは、別の判断です。情報として見ることと、判定基準として使うことは違います。
二つ目は、競合の一覧を分析の出発点に置くことです。出発点は、買い手が何を検討したかの側に置きます。競合の一覧は、その結果として出てくるものです。順序が逆になると、一覧が結論を決めます。
逆に、やめないものもあります。相場の把握はやめません。買い手が持ち込む参照点を知らないままでは、値を伝えたときに何が起きるかを予測できません。相手の訴求の観察もやめません。買い手がどんな言葉を浴びているかを知らなければ、こちらの言葉がどう受け取られるかも分かりません。
創業初期には、競合分析が実質的に唯一の情報源になる時期があります。買い手の記録がまだ手元にないからです。この時期に「買い手が何を検討したかから始めよ」と言われても、材料がありません。
このとき採るのは、分析の禁止ではなく、暫定という扱いです。競合から借りた軸で始め、取引が生まれるたびに、買い手が実際に何と比べたかを記録して置き換えていきます。借りていることを自覚しているかどうかで、置き換えが起きるかどうかが決まります。
副作用はここにあります。借りた軸は、使っているうちに自分のものだと感じられるようになります。何度も口にした説明は、口にした本人にとって自然な言い分になります。そして自分のものだと感じている軸を疑う機会は、ほとんど訪れません。軸が誰かのものだった痕跡は、採用した時点で消えるからです。表の欄に書き写した瞬間、それは「うちの強み」になり、出所は残りません。
だから置き換えは、感触ではなく手続きで行います。いま使っている軸を一覧にして、それぞれに「これはどこから来たか」を書き添えることです。買い手の記録から来たもの、競合の訴求から来たもの、自分の実感から来たもの。三つは混ざったままだと区別できませんが、出所を書けば分かれます。分かれた時点で、置き換えるべきものが見えます。
相手を見るのをやめたら、置いていかれるのではないか。この懸念には、二つの部分があります。置いていかれる形が実在するのは、その領域の判定基準が外部で更新される場合です。制度が変わる、要求される仕様が変わる、道具が入れ替わる。これらは観察をやめると分かりません。一方、相手の訴求が変わることは、判定基準の更新ではありません。訴求は、その相手が自分の位置を取り直した記録です。前者は追う対象で、後者は追う対象ではありません。この二つを一つの「業界動向」に束ねると、後者を追う理由が前者から供給され続けます。
買い手の記録として、何を残すか
軸を入れ替える材料は、買い手との会話の中にしかありません。ただし、待っていても出てきません。残すのは三種類です。
問い合わせの前に何を試したか。依頼が来る前、その買い手は何かをやっています。自分でやってみた、別の人に頼んだ、道具を入れた、放置した。挙がった手段が、そのまま買い手の比較対象の中身になります。
依頼を決める段で他に何を検討したか。単に「他社と比べた」ではなく、その他社が誰で、どの点で迷ったか。迷った点が軸です。そして、こちらが想定していた軸と一致しないことが、しばしばあります。
断られた場合、何が決め手だったか。三種類のうちで取りにくいのがこの記録で、決め手が直接語られるのもこの記録です。断りの理由として最初に返ってくるのは、たいてい値です。
値が代わりに使われるのは、それが角の立たない理由だからです。合わなかった、不安が残った、と言うより、予算が、と言うほうが相手を否定せずに済みます。断る側にとって安全な言葉が、断られる側にとっては情報量の少ない言葉になっています。
記録を取り始めると、しばらくのあいだ、判断材料が減ったように感じられます。競合分析は一日で表が埋まりますが、買い手の記録は取引の数だけしか溜まりません。速く埋まるほうが正しく見える、という錯覚が働きます。
そして記録の全部が信頼できるわけではありません。買い手が語る理由は、その場で説明可能な形に整えられています。実際の決め手が言葉にしにくいものだった場合、代わりに言いやすい理由が出てきます。値は、その代表格です。
それでも記録には、競合分析にない性質があります。外れていることが後で分かる、という性質です。競合の一覧は、外れていても外れたことが現れません。買い手の記録は、想定と食い違ったときに食い違いとして残ります。
残し方には、時点の指定が要ります。三つとも、取引が終わってから思い出すと形が変わります。依頼を受けた直後に一行、断られた直後に一行。それだけで足ります。整った記録を作ろうとすると、作る手間のほうが先に立ち、続きません。
聞きにくい、という問題も実在します。とくに三つ目——断られた理由——は、相手に手間をかけさせる質問です。ただし聞く位置を変えると、負担は下がります。断りの返信に対して理由を尋ねるのではなく、提案の段階で「他にどんな進め方を検討されていますか」と聞いておく形です。この時点なら、相手はまだ検討している最中なので、答えることが自分の整理にもなります。断られてから聞く情報の一部は、断られる前に取れます。
記録は一件ではなく分布として読む
記録が使えるようになるのは、一件ずつではなく、まとまりとして読んだときです。
一人が「高かった」と言ったことからは、何も分かりません。二十件のうち何件が別手段を挙げ、何件が同業を挙げたか。この比率のほうが、軸の位置を正確に映します。一件の理由は状況に依存し、分布は構造に依存します。
読み方は二つあります。一つは、比較対象の内訳です。挙がった相手を、同業と別手段に分けて数えます。別手段の比率が高いほど、こちらは同業の座標系の外にいます。もう一つは、迷った点の内訳です。値だけが挙がるのか、範囲や進め方が挙がるのか。後者が増えていれば、判定の軸が価格から離れています。
分布として読むには、件数が要ります。ここが、この方法の弱点の一つです。競合分析が一日で終わるのに対し、記録の分布が意味を持つまでには取引の数だけの時間がかかります。速さでは負けています。負けたうえで採るかどうかは、その事業が何年続く前提で組まれているかによって決まります。
そして、溜まってきた記録が、それまでの分析の中身を教えることがあります。競合だと思っていた相手が、一度も比較対象に挙がっていないという事実が出てくる場合です。この時点で、それまでの分析が何を測っていたのかが分かります。
件数がまだ少ない段階では、比率は読めません。このとき読めるのは、内訳の変化のほうです。先月まで同業だけが挙がっていたのに、今月は自分でやるという選択肢が挙がった。件数が三件でも、この変化は情報として成立します。比率は水準を示し、内訳の変化は方向を示します。方向のほうが、先に読めます。
制約も一つあります。分布は、いま来ている買い手からしか取れません。来ていない層が何と比べているかは、記録には現れません。したがって記録だけで設計すると、いまの届け先の輪郭がそのまま固定されます。記録は座標系を入れ替える材料になりますが、届け先を広げる材料にはなりません。この二つは、別の作業です。
そしてもう一つ、記録には読み違えの経路があります。分布が偏っているとき、その偏りが市場の性質なのか、こちらの届け方の性質なのかは、記録の側からは決まりません。同業ばかりが挙がるのは、買い手が同業しか検討していないからかもしれず、同業を検討し終えた人にしかこちらが見つからないからかもしれません。この二つを分けるには、記録ではなく、届いている経路を見る必要があります。
軸が動いたことは、買い手の語と断り方に出る
軸が入れ替わったことは、売上にはすぐには現れません。現れるのは、買い手が口にする言葉の側です。
一つ目は、問い合わせに含まれる語です。こちらが使っている言葉が、問い合わせの文面に現れるようになったかどうか。現れていれば、買い手はこちらの分類を受け取っています。現れず、業界の一般語だけで書かれているなら、まだ既存の枠の中にいます。
二つ目は、比較の申告です。他にどこを検討したかという問いへの答えに、同業以外が挙がるかどうか。同業だけが挙がるなら、座標系は動いていません。
三つ目は、断り方です。同じ軸の上にいるとき、断りは「もっと安いところがあった」の形を取ります。軸が動いていると、断りは「今回は自分たちでやることにした」「時期を改める」の形になります。後者は、比較対象が同業から別手段へ移った証拠です。
いずれも、こちらの発言ではなく、買い手の発言を測っています。自分の側の変化——訴求を変えた、資料を作り直した——は、作業量の記録であって、届いたかどうかの記録ではありません。作業量を指標にすると、動いていないときに最もよく動いているように見えます。
そして三つとも、遅れます。言葉を変えてから、それが問い合わせの文面に現れるまでには、時間がかかります。その間、指標は何も告げません。だから見るときは、判定の間隔を先に決めておきます。何か月分をひとまとまりとして見るかを決めずに測ると、測るたびに揺れ、揺れに反応して打ち手が変わります。打ち手が短い周期で変わる状態は、軸を持っていない状態と、外からは区別がつきません。
何件たまれば分布として読めるか、何か月で語が現れるか。この二つに数を与えると、その数が次の借り物になります。借りた目盛りで自分の位置を測る形が、指標の側でもう一度立ち上がることになります。
競合分析のフレームは一覧を要求し、一覧は結論を決め、結論は打ち手を決めます。そして一覧を作る作業だけが、どの道具の内側にもありません。競合分析をやめるという言い方が指しているのは、道具を捨てることではなく、一覧を作る作業を道具の外側に置き直すことです。道具は、置き直した後でこそ正確に働きます。範囲が自分の判断から出ていれば、その範囲の中でどこが弱いかを表で見ることに、意味が戻ります。
結局のところ、今日できるのは一つの手順です。いま説明に使っている軸を、そのまま一列に書き出す。そして各行の隣に、それがどこから来たかを書き添えます。買い手が言ったのか、競合が掲げていたのか、自分がそう感じただけなのか。三つが混ざっているうちは、どれを疑うべきかも決まりません。分かれた時点で、次に確かめる相手は買い手の側になります。
比較の軸を自分の側から立てるとき、何を先に出すかという順序の問題はコンセプトの作り方で扱っています。比較の軸が業界の外側でどう作られ、どう維持されるのかは社会の常識はどう作られるかで分解しました。
座標系を誰が持っているかという問題は、価値の源泉をどこに置くかという設計の一面にあたります。設計の側からの概観は価格競争から降りるにあります。






