価格設定とは、値を決める手続きのことではありません。買い手の中で、その商品が何と並べられるかを決める作業のことです。
同じ内容の相談が、置かれる場所によって三倍にも三分の一にもなります。中身は一秒も変わっていません。変わったのは、隣に何が置かれたかだけです。中身が同じで値が動くということは、値は中身に付いていないということになります。付いているのは、買い手が使う比較の枠のほうです。
引き受ける範囲は三つです。一つ目は、広く案内されている価格設定の四つの型が、それぞれ何を入力に取っているか。二つ目は、その四つが共通して入力に取っていないもの——買い手が並べる相手の集合——が、どこで決まっているか。三つ目は、値を上げるという操作の実体が、実際には何を動かす作業なのか。この三つは、手元の数字を見なくても、構造として書けます。
引き受けないものもあります。いまの値から何割上げられるか、どの型を採るのが正解か、移行に何か月かかるか。これらは書きません。答えが領域や買い手の層で変わるからではなく、問いの立て方そのものが、いまの値を正しい起点として認めているからです。起点のほうを疑う記事で、起点からの倍率を渡すことはできません。
実害は、値が安いことそのものよりも、値の説明を自分で持てないところに出ます。外の相場に合わせて置いた値は、上げるときにも外の根拠を待つことになります。待っているあいだ、額は動かず、腕だけが上がっていきます。そして腕が上がるほど一件あたりの時間は短くなるので、同じ額でも実質的な単価は下がっていきます。
ここで扱うのは、値を高く置く方法でも、交渉で押し切る方法でもありません。高く置くだけなら、明日から数字を書き換えれば済みます。書き換えた数字が通るか通らないかを決めているものが、どこにあるのかを扱います。通らないときに動かす場所は、数字の側にあるとは限りません。
四つの型はどれも、比較対象の集合を入力に取りません。集合を決めているのは、こちらが渡した名前と単位のほうです。読み終えたときに手元に残るのは、値そのものではなく、いまの値がどこから出ているかを判定する材料です。判定ができると、上げるか据え置くかは自分で決められます。読んだ結果、いまの値が妥当だという結論になることもあります。その場合に残るのは、値を説明する言葉のほうです。外の相場を根拠にしていた説明が、自分の側の根拠に置き換わります。
📖 目次
価格設定の手続きは、四つに整理できる
流通している価格設定の型は四つに整理でき、四つとも入力に取っていないものが一つあります。
一つ目は、原価から積み上げる型です。かかった費用に一定の利益を乗せる。製造原価に何割か足す、あるいは工数に時間単価を掛ける。手続きが単純で、赤字になりにくいという利点があります。
二つ目は、競合に合わせる型です。同種のサービスの相場を調べ、その帯の中に置く。少し安くするか、少し高くするか。市場に既に答えがあるという前提に立ちます。
三つ目は、買い手が感じる価値から決める型です。価値ベース、あるいはバリューベースと呼ばれます。買い手がそのサービスで得るもの——削減できる時間、増える売上、避けられる損失——を金額に換算し、その一部を受け取る形で値を置きます。
四つ目は、値の見え方を設計する型です。端数にする、三段に並べる、上位のものを先に見せる。値そのものではなく、値が読まれる条件のほうを動かします。
四つとも、実務では効きます。効かないと言うつもりはありません。
四つの入力のうち、一つ目は自社の費用、二つ目は競合の価格表、三つ目は買い手が得る成果、四つ目は選択肢の並べ方です。
ばらばらに見えますが、四つとも同じものを入力に取っていません。買い手が、その商品を何と並べるかです。
二つ目は競合を明示的に扱っているように見えます。しかしそこで扱われているのは「自分が競合だと思っている相手」であって、「買い手が並べている相手」ではありません。この二つは、しばしば一致しません。
四つを組み合わせればよいのではないか、という読み方があります。原価で下限を確かめ、相場で帯を掴み、価値で上限を見て、見せ方を整える。順に当てていくのは、実務として妥当な手順です。
ただし、組み合わせても埋まらないものが残ります。どの型も比較対象の集合を入力に取らない以上、四つを足しても集合は出てきません。全部やって出てくるのは、いまの棚の中での下限と帯と上限と見せ方です。棚そのものは、最初から最後まで一度も検討されません。
そして、丁寧にやるほど値付けは精密に見えます。根拠が四方向から揃うので、出てきた数字に確からしさの感触が付きます。その確からしさは、棚が正しいという前提の上に乗っています。前提が検討されないまま、精度だけが上がっていきます。
この感触は、見積書の形で残ります。工程が並び、単価が並び、合計が出る。書いた側は根拠を示したつもりでいて、受け取った側は根拠を検討します。検討できる形で渡されたものは、検討されます。そして検討の対象になっているのは、四つの型が出した数字であって、その数字が置かれている棚ではありません。
四つは、棚の内側の座標を出す道具です。棚そのものを選ぶ道具ではありません。両方が要ります。扱うのは、道具が扱わないほうの側です。
原価から始めると、値の上限は自分のコスト構造になる
原価積み上げ型の性質は、値が自分の側の量の写像になるという一点にあります。
かかった費用が多ければ値は上がり、少なければ下がります。値を決めているのは、買い手ではなく自分の作業量です。
物を作って売る事業では、これは妥当に働きます。材料費と加工費が実在し、下回れば損が出るからです。原価は、いくらから下が損になるかを教える情報として正確です。
問題は、これを一人でサービスを提供する事業に持ち込んだときに起きます。このとき原価の中身は、ほぼ自分の時間だけになります。材料費はありません。設備もほとんどありません。残るのは、何時間かけたかです。
すると値は「自分の時間の値段 × 時間数」になり、値を上げる方法が、時間単価を上げるか、時間を長くかけるかの二つに限られます。前者は交渉ごとになり、後者は自分の首を絞めます。
しかも上限が構造的に決まります。一日に使える時間には限りがあるので、時間数の側には天井があります。時間単価の側も、周囲の相場という形で天井が現れます。原価を出発点に置いた時点で、値は自分のコスト構造の中に閉じ込められます。この閉じ込め方そのものは時間単価を上げても、自由にならない理由で分解しています。
捨てるのは原価の把握ではありません。下限を知らないまま値を置けば、忙しいほど手元が減ります。捨てるべきなのは、原価を出発点に置くという順序のほうです。
順序の副作用は、二つの形で現れます。
一つは、効率化が値下げに直結することです。作業時間が半分になれば原価が半分になり、原価に乗せている以上、値にも下がる圧力がかかります。腕が上がるほど請求できる額が減るという、奇妙な事態が起きます。この現象が事業全体でどう働くかは生産性を上げても暇にならないのは、なぜかで扱っています。
もう一つは、値の説明が作業の説明に変わることです。なぜこの額なのかを問われたとき、原価から出している以上、答えは「これだけの工程があり、これだけの時間がかかるから」になります。
この答え方をすると、買い手の関心は工程の側へ向きます。工程の説明を受けた買い手は、工程を検討します。この工程は要るのか、ここは自分たちでやれないか。値の交渉が、工程の削り合いに変わります。
そして、多くの仕事には、無くても成立する工程があります。削れば額は下がり、次の依頼では削った後の額が参照点になります。原価型は、取引を重ねるほど額が下がる方向へ働きます。
「価値ベース」が相場へ着地するのは、換算率を外から借りるからである
三つ目の型が相場の中に着地するのは、方法が甘いからではありません。価値を金額へ直す段で、換算率を外から借りているからです。
あるサービスが、買い手の作業時間を月二十時間削減するとします。ここまでは事実の記述です。次に、この二十時間を金額に直します。ここで何を掛けるか。よく使われるのは、その業界で流通している時給か、外注に出したときの相場です。
掛けた瞬間に、値は相場の関数になります。出発点が価値であっても、換算の物差しが相場なら、着地は相場です。
経路はもう一つあります。買い手の側が、既に比較対象を持って現れる場合です。他社では三十万円と言われた、という情報を持って来る買い手に対しては、こちらがどれだけ価値の構造を説明しても、三十万円が基準点として働きます。値は、その基準点からの距離として判定されます。
人の判断が絶対的な量ではなく、ある参照点からの変化として行われることは、意思決定の研究で古くから示されています(Kahneman & Tversky, 1979, Econometrica, 47(2), 263–291)。同じ金額でも、参照点が動けば意味が変わります。この研究が扱ったのは、確率のついた選択肢を選ぶ場面であって、値付けの交渉そのものではありません。ここで借りているのは、判定が参照点との差で行われるという性質だけです。
そこから言えるのは一つです。価格の交渉で実際に争われているのは、金額そのものではなく、どこを参照点にするかのほうです。
つまり価値ベースが空回りするのは、手続きの精度の問題ではありません。買い手の中に既に比較対象が置かれていて、それが動いていないからです。方法の前に、比較対象の側が決着しています。
換算が有効に働く場面もあります。買い手の側に、その成果を測る自前の物差しが既にある場合です。削減できる人件費が社内で明細として管理されているなら、換算率は相場からではなく買い手の帳簿から出ます。このとき値は、相場の関数ではなく買い手の実態の関数になります。
分かれ目は、換算率の出所が買い手の内側にあるか外側にあるかです。内側にあれば価値ベースは機能します。外側——つまり業界の相場——にしかなければ、価値ベースという名前の競合追随になります。
副作用もあります。参照点が既に置かれている買い手に対して価値の構造を丁寧に説明するほど、説明の量そのものが不利に働くことがあります。長い説明を要するものは、比較しにくいものとして扱われるからです。比較しにくいものに直面したとき、人はしばしば、比較しやすい指標——つまり金額——に判断を寄せます。説明を厚くする打ち手は、参照点が動かないかぎり、金額での判断を強める側に出ます。
値を決めているのは、比較対象の集合である
四つの型は値を決める手続きを提供しますが、手続きに入る前に、その商品が何と並べられるかは決まっています。値はその並びの中の位置として現れ、手続きは位置を数字へ変換しているだけです。
同じ内容の相談を一時間受けるとします。
これが「時間貸しの相談」の並びに入ると、比較対象は他の相談サービスの時間単価になります。判定は、一時間でこの額は高いか安いか、という形を取ります。
同じ相談が「この事業の値付けを決め直す作業」の並びに入ると、比較対象は変わります。買い手が並べるのは、値付けを変えた場合に動く金額です。判定は、その意思決定に対してこの額は高いか安いか、という形になります。
中身は同じで、値は二桁違うことがあります。
並びを変えると言っても、並べるのは買い手なのだから、こちらに決められるものではありません。この読み方は、半分正しく、半分外れています。
正しいのは、最終的に並べるのは買い手だという点です。こちらが指定することはできません。買い手は自分の頭の中にある棚に、勝手に置きます。
外れているのは、その棚が固定されていると想定している点です。買い手は、目の前のものを分類してから評価します。分類が先で、評価が後です。そして分類に使われる手がかりは、こちらが渡した言葉と形式です。何と呼んだか、どういう単位で数えたか、どこからどこまでを一つの取引としたか。買い手はそれを受け取って、自分の棚のどこかに置きます。
棚が完全にこちらの制御下にあるわけではありません。買い手がその分野で既に何かを買った経験があれば、その経験が棚を先に決めます。前に似たものを頼んだことがある買い手は、こちらが何と呼ぼうと、前回の取引の隣に置きます。
動かせるのは、前例を持っていない買い手に対してだけです。これは制約であると同時に、どこへ届けるかの設計に直結します。既に同種のものを買い慣れている層に届けるほど、棚は先に決まっており、値は相場に収束します。逆に、その形式の買い物をしたことがない層に届くと、棚はこちらの言葉で決まります。どこへ届けるかという選択が、そのまま値付けの一部になります。
棚が一つしかない領域も実在します。規格が定まっていて、品質の差が測定値として比較できるものは、比較の枠が外部に固定されています。ねじの直径や、電力の量がそうです。この場合、比較の単位を自分で決める余地はほとんどありません。分かれ目は、その商品の良し悪しが第三者の測定値として存在するかどうかです。存在しない領域では、比較の枠のほうが変数になります。
棚を指定しているのは、名前と単位である
買い手が棚を選ぶ手がかりは二つあり、どちらもこちらが先に渡しています。
一つ目は、名前です。そのサービスを何と呼ぶか。コンサルティングと呼べばコンサルティングの棚に入り、代行と呼べば代行の棚に入ります。棚が決まれば、その棚の相場が参照点になります。
名前は説明ではありません。分類の指示です。分かりやすい名前を付けたつもりが、既に相場の決まっている棚を指定していた、ということが起きます。
二つ目は、単位です。何を一つと数えるか。時間で数えれば時間の棚に入ります。件数で数えれば、並ぶ相手は件数で売っている人になります。期間で数えれば期間の棚に入ります。
単位は、比較を可能にするための道具です。同じ単位で数えられるものは、並べられます。だから単位を選ぶことは、誰と並ぶかを選ぶことと同じです。
ここに、値付けでよくある取りこぼしがあります。単位を、自分の作業の実感から選んでしまうことです。何時間かかったかは自分にとって最も生々しい量なので、自然と時間を単位にします。しかしそれは、時間の棚に自分から入りに行く操作でもあります。
単位のほうだけを動かしても、値は動きません。買い手にとってその単位で数える意味がなければ、棚は移りません。一件いくらに変えても、買い手がその一件を独立した価値として見ていなければ、頭の中では時間に割り戻されます。単位が効くのは、買い手の側にその単位で数える理由があるときだけです。理由は、買い手が何を得ようとしているかから来ます。
名前の側にも、同じ制約が働きます。既存の棚から外れた名前を付けると、比較は難しくなりますが、同時に分類そのものも難しくなります。分類できないものは、検討の対象に上がりません。買い手は、自分の頭の中のどこにも置けないものを保留にします。
だから名前には、二つの要求が同時にかかります。既存の棚を指定しないこと。そして、置き場所が分かること。この二つは緊張関係にあり、片方だけを満たす名前はいくらでも作れます。
名前を変えるといっても、屋号や事業の看板を作り直す話ではありません。変えるのは、目の前の一件を何と呼んで渡すかです。見積書の一行目、提案書の表題、問い合わせへの返信の最初の一文。買い手が分類に使うのは主にその三つで、いずれも今日書き換えられます。
名前を変えた直後には、問い合わせの数が減ります。棚から外れれば、その棚を探して回っていた人からは見えなくなるからです。数が減ったことを「名前が悪かった」と読むと、元の棚へ戻ることになります。見るべきなのは数ではなく、来た人が何と比べているかのほうです。
値の見え方を動かす操作——価格設定の心理は、どこまで届くか
四つ目の型が動かしているのは値ではなく、値が読まれる条件のほうです。そして条件を動かす操作は、棚の内側でだけ効きます。
端数にする、三段に並べて真ん中を選びやすくする、高いものを先に見せる。いずれも、同じ数字が別の大きさに読まれるように置き方を変える操作です。実際に効きます。
効く理由は、買い手が値を絶対値として読んでいないことにあります。人は、目の前の値を頭の中の基準と照らして高いか安いかを決めます。この基準を扱った研究の系統では、買い手の内側に蓄積された基準と、その場で外から提示される基準の二つが区別されてきました(Mazumdar, Raj & Sinha, 2005, Journal of Marketing, 69(4), 84–102)。前者は過去に払った額や見てきた額から形成され、後者は棚札や比較対象として同時に示された額から入ります。同じ額でも、どちらの基準に照らされるかで読まれ方が変わります。この系統の研究が扱ってきたのは、主に反復して買われる消費財です。一件ごとに内容が違うサービスへそのまま当てはまるわけではありません。
見え方の操作は、買い手が既に持っている基準の内側で、位置の読まれ方を変えます。基準そのものを別の分布へ移す働きは持ちません。三段に並べて真ん中を選ばせても、三段とも同じ棚の中にあります。
したがって、この型がよく効くのは、棚が正しく選ばれている場合です。選ばれていない場合、効き目は「間違った棚の中で、少し良い位置を取れた」という形で現れます。数字は改善するので、選び直す必要は感じられません。
この型には、効きの速さから来る問題があります。見え方の操作は速く効き、しかも自分の手だけで完結します。相手の状態にも、届け先の設計にも依存しません。手軽に効くものが手元にあると、効きの遅いほうの作業は後回しになります。そして後回しにしても、当面は誰も困りません。
内側の基準がまだ形成されていない買い手——その種類の買い物を初めてする人——に対しては、この型の効き目は小さくなります。照らす先を持っていないからです。この場合、判断はむしろ、こちらが同時に示した比較対象のほうに寄ります。つまり見え方の操作は、棚の設計をしない理由にはならず、棚の設計を済ませた後の仕上げとして働きます。
値を上げる操作の実体は、渡すものの境界を動かすことである
値を上げるという操作は、提示する数字を大きくすることではありません。棚を変えることです。
数字だけを大きくすると、その棚の中で高い側へ移動します。高い側では、その棚の判定基準——多くは同じ内容でいくらか——がそのまま働き、選ばれにくくなります。値上げが成立するのは、棚が変わったときだけです。
棚を変える操作は、三つの要素でできています。名前を変えること、単位を変えること、渡すものの境界を変えること。名前と単位は既に扱いました。残る三つ目が、境界です。
境界とは、どこからどこまでを一つの取引とするかです。作業だけを渡していたものに判断まで含めれば、比較対象は作業の相場から外れます。逆に、判断を渡さず作業だけに絞れば、作業の相場に入ります。
効き方の理由は、代替可能性の側にあります。作業は、原理的に他人でも代われます。手順が書けるからです。判断は代われません。何を基準にどう決めるかが、その人の側にあるからです。
したがって、渡しているものが作業だけなら、買い手にとって代替候補は無数に存在します。比較対象の集合が大きいということです。集合が大きいほど、その中での位置取りは値に支配されます。渡しているものに判断が含まれると、集合は小さくなります。
ここには条件が付きます。買い手が判断を求めていない場合、判断を渡そうとすると、余計なものとして受け取られます。言われたとおりにやってほしいという依頼に対して基準の話を持ち出せば、扱いにくい相手として分類されるだけです。
判断が値として扱われるのは、その判断を買い手が自分では下せない、あるいは下したくないと認識しているときだけです。ここは相手側の状態に依存するので、こちらの操作だけでは決まりません。だから境界の設計は、値付けの技術ではなく、誰に届けるかの設計と一体で動きます。届け先を選び直さずに判断だけを厚くしても、判断を必要としていない相手に対しては、説明が長くなるだけで終わります。
境界を動かすことには、値の外側の代償も付いてきます。判断まで渡せば、結果に対する責任の所在も動きます。作業だけを渡していたときは、指示どおりにやったかどうかが評価の対象でした。判断を含めた後は、その判断が妥当だったかどうかが問われます。額が上がるのは、この移動の対価としてです。責任の所在を動かさずに額だけを上げようとすると、買い手の側からは値上げの理由が見えません。
三つの操作は、値そのものには触れません。値は、この三つの結果として後から動きます。単価の交渉そのものがどう位置づくかは単価を上げる交渉の前に、額がどう決まっているかを知るで扱っています。
棚を移る途中には、必ず谷が生じる
棚を変える操作には、避けられない代償があります。その棚を探していた買い手は、来なくなります。
失敗ではありません。操作が働いた証拠です。時間の棚にいたときに来ていた買い手は、時間の棚を探していました。棚を移れば、その買い手からは見えなくなります。
実務で最もつらいのは、ここです。移行の途中には、新しい棚にはまだ十分な買い手がおらず、古い棚からは外れているという時期が生じます。この時期の長さを短くする方法はありますが、時期そのものを消す方法はありません。
全員が外れるわけではありません。既存の買い手のうち、渡していたものの本体を判断の側だと受け取っていた人は残ります。作業の側だと受け取っていた人は外れます。どちらだったかは、値を動かす局面で初めて分かります。だからこの操作は、手元の関係の内訳を可視化する装置としても働きます。
副作用がもう一つあります。この時期があるために、棚の移動は既存の取引を残したまま並行させると壊れやすいという性質を持ちます。両方の棚の要求に同時に応えることになり、どちらの棚でも中途半端になるからです。切り替えの順序の組み方は独立の準備で扱った考え方が、そのまま当てはまります。
ここには、実務上いちばん切実な問いが残ります。外れる買い手がいると分かっていて、それでも移れというのは無責任ではないか。いまの取引で生活が回っているのだから。
移れ、とは書いていません。書いているのは、移動には必ずこの時期が付いてくるという構造のほうです。
構造を知らずに移動を始めると、外れが出た時点で「値を上げすぎた」と読みます。読み違えて値を戻すと、戻したこと自体が次の材料になります。一度下げた値は、次に同じ額を出すときの上限として扱われます。やり直しは、最初より不利な条件から始まります。
谷の深さを決めているのは、値の上げ幅ではありません。新しい棚の側に、前例がいくつあるかです。前例のない棚に置かれたものは、買い手にとって判断の材料がない状態で提示されます。材料が無ければ、判断は保留になります。逆に、同じ形での取引が数件でも成立していれば、そこから先の説明は短くなります。だから移行の途中で価値があるのは、額の大きい一件よりも、新しい形での一件目です。
構造を知っていれば、始める前に順序を組めます。どの取引を残し、どの取引をいつまで続け、新しい棚の側にどれだけ蓄積ができた時点で切り替えるか。その判断は、手元の数字を見ている人にしか下せません。ここで渡せるのは、判断の材料が「値の高さ」ではなく「棚の位置と移行の時期」のほうにある、という一点です。
棚が動いたかどうかは、買い手の質問の形に出る
見るべきものは、値が上がったかどうかではありません。棚が動いたかどうかが、買い手の言葉のどこに出るかです。値は棚の位置の結果として後から動くので、値を先に見ると、棚が動いていない値上げと、棚が動いた結果の値上げが、同じ数字として並びます。
一つは、比較の言葉です。買い手は問い合わせの段階で、何と比べているかを口にします。他社さんだと、と言うとき、その他社が誰なのか。以前と同じ顔ぶれなら、棚は動いていません。別の種類のものが挙がるようになったなら、動いています。
二つは、質問の中身です。時間の棚にいるとき、質問は何時間で終わるか、何回あるか、という形を取ります。判断の棚にいるとき、質問はどういう場合にどう決めるのか、という形になります。質問の形は、買い手がその商品を何として見ているかを、そのまま映します。
三つは、値を伝えた後に出てくる問いの種類です。もう少し安くならないか、は同じ棚の中での位置調整の要求です。その額で何がどこまで含まれるのか、は境界の確認であって、棚の中の位置の話ではありません。後者が増えていれば、棚は動いています。
三つの読み方は、こちらが何を言ったかではなく、買い手が何を口にしたかで測っています。訴求を変えた、資料を作り直したという記録は、作業の記録であって、届いたかどうかの記録ではありません。そして三つとも遅れます。買い手の語が変わるのは、こちらが言葉を変えてから数か月後になることがあります。沈黙の期間を「効いていない」と読むと、変える前の言葉へ戻ることになります。
適正な値上げ幅も、移行に要する月数も、ここには置きません。置いた瞬間に、それが新しい相場として働くからです。外から来た目盛りで自分の位置を測るという、この記事が解体してきた構造を、指標の側で作り直すことになります。
同じ内容の相談が、三倍にも三分の一にもなります。この観測に答えるものが、四つの型の側にはありません。四つは、棚が決まった後の座標を精密に出す道具だからです。値付けとは、数字を決める作業ではなく、自分の仕事がどの分布の中で読まれるかを決める作業です。四つの型は、その分布が決まった後に効きます。順序が逆になると、精度だけが上がって、位置は動きません。
だから、いま手元で確かめられることは一つです。自分の値は、どの棚の分布から出ているか。その棚を選んだのは自分の言葉か、それとも買い手が前から持っていた前例か。前者なら、名前と単位と境界のどれを動かすかという話になります。後者なら、動かす先は値ではなく、届け先のほうです。
なお、そもそも「誰と比べるか」を分析の道具に任せてしまう構えについては競合分析をやめるという選択で扱っています。値が中身ではなく受け手の側で成立するという性質が最も剥き出しになるのは無形の商品で、こちらは無形商品の価値はどこに宿るのかで分解しました。相場という言葉が指す分布が、命令なしにどう維持されるのかは社会の常識はどう作られるかにあります。
値がどこで決まっているかという話は、価値の源泉を自分の側に置くという一続きの構造の一部です。その構造の全体は価格競争から降りるにあります。






