一人あたりの将来価値を、決まった数字として扱っている方へ/当たったのではなく、当てにいったのである

顧客生涯価値は測定値ではなく、仮定を一つ含んだ予測を現在へ畳む

顧客生涯価値を計算した後、その数字は何をするでしょうか。

置き場所にとどまってはくれません。高いと見積もった相手には手厚く、低いと見積もった相手には薄く。この配分こそが、指標を使うということの実質です。そして手厚くされた相手は続きやすく、薄くされた相手は離れやすい。次の期に測れば、見積もりは当たったことになります。当たったのではなく、当てにいったわけです。

顧客生涯価値とは、一人の顧客が将来もたらす利益の合計のことではありません。将来についての見積もりを、いま一つの数字に畳んだものです。見積もりである以上、外れることがあります。ただし、本当の問題は外れることのほうにはありません。外れないように扱いを変えた時点で、予測は結果を作る装置に変わります。

決着が付くのは、次の三点です。この数字の中に、確かめられない仮定がいくつ入っているか。その仮定を選んだ記録が、なぜ計算の外へ出てこないのか。そして、同じ計算式を別の問いのもとで読み直すと、数字が動いたときに何を疑うことになるか。

答えの出ないものもあります。あなたの事業で生涯価値がいくらであるべきか、獲得単価の何倍を目安にすべきかという問いには、この記事は答えを持ちません。扱っている領域と購入の間隔によって、同じ倍率が別の意味を持つからです。継続年数を何年で置くべきかも扱いません。置く年数は、置く人が選ぶものであって、外から与えられる値ではないからです。

この数字が売上や費用と同じ列に並んだ時点から、実害が始まります。同じ列に並んだものは、同じ確からしさを持っているように見えます。売上が下がったら手を打つのと同じ反射で、生涯価値が下がったら手を打つ。片方は起きたことの記録で、もう片方は仮定の集合です。同じ強さで扱ってよい根拠は、どこにもありません。

非対称もあります。仮定を厳しめに置いて数字が小さく出れば、獲得を止める判断が下ります。緩めに置いて大きく出れば、獲得を続ける判断が下ります。どちらの判断も、置いた率の記録が残っていなければ後から辿れません。

計算式の中の変数がそれぞれ何を指しているかは、顧客単価の上げ方と継続率を決めるのは、中身ではなく意味づけの共有で個別に扱っています。ここで見るのは、それらを一つの数字へ畳む操作のほうです。

顧客生涯価値の定義と、案内される計算式

案内されている説明は、この数字を「既に起きた出来事を数える指標」として扱っています。

定義から置きます。顧客生涯価値とは、一人の顧客が取引を続けている期間の全体で、こちらにもたらす利益の総額を指します。英語の頭文字を取ってLTVと表記されます。一度きりの購入ではなく、繰り返し買う商品や、月額で継続利用する形式の事業で重視される指標として案内されています。

計算式は、おおむね次の形で示されます。平均の購入単価に、粗利の率と、一年あたりの購入回数と、継続する年数を掛ける。ここから新規獲得にかかった費用と維持にかかった費用を引く形も、よく併記されます。

重視される理由として添えられるのは、新規の獲得より既存の維持のほうが費用がかからない、という比較です。獲得の費用が上がり続けている以上、一度関係ができた相手からどれだけ受け取れるかが事業の安定を決める、という説明になります。

上げ方として案内されるのは、式に入っている変数の名前がそのまま並びます。単価を上げる。頻度を上げる。期間を延ばす。粗利の率を上げる。費用を下げる。具体的な手立てとしては、上位の商品を勧める、関連する商品を併せて勧める、といったものが挙げられます。

さらに、獲得単価との比較が判断の基準として示されます。生涯価値が獲得単価を上回っていれば、その獲得は成立している。三倍が目安だ、といった比率が添えられることもあります。

説明の側に誤りはありません。計算式は定義どおりですし、獲得より維持のほうが安いという比較も、多くの領域で観測されています。上位商品の提案が単価を上げることも事実です。

説明の全体を並べると、置かれている前提が一つ見えます。顧客生涯価値は、既に起きた出来事を数える指標として扱われています。過去の購入履歴から平均を出し、それを将来へ伸ばす。測定値の一種として扱われているわけです。

この扱いが間違っているという話ではありません。過去の実績から将来を見積もるのは、他に方法がない以上、妥当な手続きです。実績を無視して将来を置けば、それは見積もりですらなくなります。問題になるのは、見積もりであることが、計算が終わった後に忘れられることです。

忘れられる理由は、出力の形にあります。手続きの途中では仮定が見えていますが、出てくるのは一つの数字だけです。数字には、それが何回の仮定を経て出てきたかを示す欄がありません。欄が無いので、受け取る側は確かめようがありません。

顧客生涯価値だけが、記録ではなく見積もりでできている

売上も費用も起きたことの記録であり、顧客生涯価値だけが起きていないことを含んでいます。

三年続くという前提を置いて三年分を足しているのであって、三年続いたのを見て足しているわけではありません。含まれている見積もりは、少なくとも三つあります。この相手が何年続くか。その間に何回買うか。一回あたりいくらか。どれも将来の値であり、現時点では確かめられません。

三つの見積もりの根拠は、多くが過去の平均です。これまでの顧客が平均して二年続いたから、この相手も二年と置く。手続きとしては妥当ですが、置いた瞬間に、目の前の相手は「これまでの平均的な相手」として扱われることになります。

ここから、一つ目の帰結が出ます。顧客生涯価値の計算は、相手の個別性を消すことによって成立しています。消さなければ計算できないので、これは欠陥ではなく仕様です。

ただし、仕様であることと、扱いに反映してよいこととは別です。計算のために消した個別性を、扱いの段でも消してよい理由は、どこにもありません。

「事業は個別対応ばかりしていられない。平均で扱うから回るのではないか」という整理は正確です。問題は平均で扱うことではなく、平均で見積もった数字を、個別の相手の値として読むことです。二年という平均は、集団についての記述であって、目の前の一人についての記述ではありません。

これはセグメント配信で扱う、集団の傾向を個人へ当てはめる操作と同じ形をしています。顧客生涯価値では、その操作が計算式そのものに組み込まれているぶん、見えにくくなっています。

三つの見積もりは、独立してもいません。続く年数が長い相手は購入の回数も多くなりやすく、回数が多い相手は一回あたりの額も上がりやすくなります。掛け算の形は、この連動を無視します。無視した分だけ、上振れと下振れがどちらも実際より大きく出ます。

平均を個別の値として読むと、平均から外れた相手が「異常」として現れます。長く続いている相手は「例外的に良い顧客」、早く離れた相手は「合わなかった相手」。どちらも、平均が正常であるという前提の上でしか出てこない読み方です。

そして、異常として分類されたものは、検討の対象から外れます。例外は再現しないものとして扱われ、合わなかった相手は分析されずに畳まれます。ところが事業の実態を作っているのは、この両端であることが少なくありません。平均が正常だという前提を置いた瞬間に、情報量の多い二か所が視野から消えるわけです。

将来を現在へ畳むとき、率は事実ではなく選択である

将来の値を現在の一つの数字に畳むとき、割引の項を入れるなら、将来の額を現在の額より小さく見積もる操作が行われています。入れないなら、率をゼロに置くという選択が行われています。

三年後に受け取る一万円と、いま受け取る一万円は、同じ一万円ではない。この扱いを割引と呼び、割り引く度合いを一定の率として置く形が、経済学の標準的な道具になっています。

この形式を最初に提示したのは、ポール・サミュエルソンが1937年に発表した短い論文です(Samuelson, 1937, The Review of Economic Studies, 4(2), 155–161)。現在の顧客生涯価値の計算に、将来の額を割り引く項が入っているとき、その形式はこの系譜にあります。

ここに、知っておく価値のある事実があります。サミュエルソン自身が、その同じ論文の中で、この仮定に留保を付けています。人が各時点の満足だけを見て、それを一定の率で割り引いた和を最大化するように行動する——この想定を「まったく恣意的である」と書き、そのような経済人を考えて多くを学べるかは極めて疑わしい、とも書いています。提示した本人が、記述としての妥当性を保証していません。

留保が正しかったことは、後の実証が示しています。シェーン・フレデリック、ジョージ・ローウェンスタイン、テッド・オドノヒューは、2002年に、割引に関する実証研究を横断して整理しました(Frederick, Loewenstein & O’Donoghue, 2002, Journal of Economic Literature, 40(2), 351–401)。研究から推定された割引率は、単一の値へ収束していません。測り方と場面が変われば、桁の違う値が出ます。

この整理が扱っている場面は、こことは違います。対象は個人が時間をまたいで選択する場面であり、事業が将来の収益を評価する場面とは違います。移せるのは、値そのものではなく、値の性質です。割引率は、測れば一つに決まるような量ではありません。

したがって、率を高く置けば、将来の関係は現在の数字にほとんど寄与しなくなります。率を低く置けば、遠い将来の見積もりが現在の判断を大きく動かします。どちらを選ぶかで、同じ相手の生涯価値が二倍以上変わることがあります。

そして、率を選んだ人と、出てきた数字を使う人は、たいてい別です。選択の記録は計算の内側に隠れ、外へ出てくるのは一つの数字だけです。一人で事業をしている場合でも同じことが起きます。選んだのは半年前の自分で、使うのはいまの自分だからです。

数字が一つになるほど、その背後にいくつの選択があったかは見えなくなります。見えないものは、疑う対象になりません。

見積もりは、目の前の相手の扱いを決める側へ回る

配分が変われば相手の側の経験が変わり、変わった経験が次の期の数字を作ります。

手厚く扱われた相手は、扱いが薄い場合よりも続きやすくなります。応答が速い、質問に答えてもらえる、こちらの状況を覚えてもらえている。これらは実際に関係の継続に効きます。すると、次の期に測ったとき、高く見積もった相手は実際に高い値を示します。予測が当たった、という記録が残ります。

見積もりが扱いを決め、扱いが結果を作り、結果が見積もりの正しさを証明する。この一巡は閉じており、外側から検証する経路がありません。社会学では、この形式は自己成就予言と呼ばれています(Merton, 1948, The Antioch Review, 8(2), 193–210)。状況についての誤った定義が、その定義を真にするような行動を引き起こし、結果として最初の定義が正しかったことになる、という形です。

「見積もりが正しかったから手厚くしたのであって、順序が逆ではないか」という指摘は、一部は当たります。実際に続いている相手を高く見積もるのは、記録に基づいた判断です。ただし、記録が薄い最初の段階では、見積もりの根拠は属性しかありません。どこから来たか、いくら払ったか、どの商品を選んだか。この段階の配分は、実績ではなく分類に基づいています。分類に基づいて配分すると、段は関与ではなく属性で切られます。段が何で切れているかを読む手順はマーケティングファネルの設計で扱っています。

そして、最初の配分が最初の経験を作ります。記録が積み上がるころには、その記録自体が最初の配分の産物になっています。

すべての配分をやめて全員を同じに扱えばよい、という話ではありません。資源が有限である以上、配分は避けられません。言えるのは、配分の根拠を見積もりの数字だけに置くと、検証の経路が閉じるということです。低く見積もった相手が実際にどうだったかは、薄く扱った後の姿しか観測できません。厚く扱っていたらどうだったかは、原理的に記録に残りません。

観測できるのは残った側だけだという構造は離脱率の読み方で扱いました。ここに出ているのは、その時間軸での現れ方です。

経路を閉じないための手は一つあります。配分を決める根拠を、見積もりとは別にもう一つ持つことです。相手が何を必要としているかの記録、あるいはこちらが何を渡せる段にいるかの判断。二つ目の根拠があると、見積もりが低い相手にも手が伸びる場面が残ります。残った場面が、次の期の反証の材料になります。

「回収」という枠で見ると、何が消えるか

回収の枠は判断を明確にし、そのぶん他の見方を押しのけます。

顧客生涯価値は、獲得単価と対にして語られます。いくらかけて獲得し、いくら回収できたか。この対で見るかぎり、関係は投資と回収の関係になります。この枠は強力です。判断が明確になり、広告費の可否がその場で決まります。

押しのけられるものが、三つあります。

第一に、関係が終わる理由が「回収し終わったから」に見えることです。投資と回収の枠では、回収が完了した相手は、それ以上の意味を持ちません。次の投資先を探すのが合理的になります。この見方の中に、相手が去ることを問題として扱う動機はありません。

第二に、渡したものの中身が、金額に畳まれることです。何を受け取ったかではなく、いくら払ったかだけが記録されます。相手の側で実際に何が起きたか——できるようになったこと、やめられたこと、判断の基準が変わったこと——は、この枠では計上されません。

第三に、こちら側の判断が変質することです。回収の枠で見続けると、「この人からあといくら受け取れるか」が問いになります。問いの形が、提案の形を決めます。必要でないものを勧める理由が、この問いの中には常にあります。

「事業である以上、回収を考えるのは当然だ」という整理は正確です。問題は回収を考えることではなく、回収の枠を唯一の枠にすることです。枠が一つになると、その枠で計上されないものは存在しないことになります。

そして、計上されないものの中に、続く理由そのものが入っています。相手が続けているのは、こちらが回収しているからではありません。受け取り続けているものがあるからです。それが何かは、回収の枠の中では見えません。

この枠は、こちら側の会話も変えます。「この顧客の生涯価値は」という言い方が定着すると、人が数字の属性として語られるようになります。語り方は判断に先行するので、これは表現の問題ではありません。一人で事業をしている場合、この変化は組織より速く現れます。会話の相手が自分しかいないので、修正が入る機会がないからです。会社であれば、現場の側から「あの人はそういう人ではない」という反対の情報が入ります。

回収の枠を捨てれば済むわけでもありません。捨てると、今度は何を根拠に配分を決めるのかが空欄になります。必要なのは、回収の枠を持ったうえで、その枠が計上していないものの一覧を別に持っておくことです。

平均を式に入れた時点で、消えているもの

「うちのLTVは十二万円です」という形で持たれた数字は、分布と時間の向きという二つのものを消しています。

平均十二万円という値は、全員が十二万円前後の場合にも、九割が二万円で一割が百万円の場合にも成立します。同じ平均の裏で、事業の姿はまったく違います。前者では、施策は全体に効きます。後者では、一割の側に何が起きているかが事業のほぼ全部であり、平均は九割の側の値でも一割の側の値でもありません。誰の値でもない数字を目標に置くことになります。

この問題は、計算の手続きとして扱われてきました。マーケティング研究者のピーター・フェイダーとブルース・ハーディは、2009年に、顧客基盤の分析について、平均を式へ当てはめる形ではなく、個々の顧客の行動のばらつきを確率で表す形を使うべきだと論じています(Fader & Hardie, 2009, Journal of Interactive Marketing, 23(1), 61–69)。平均の継続率と平均の購入回数を一つの式に入れると、ばらつきの分だけ結果が偏ります。偏りは、計算の精度の問題ではなく、平均を代表値として使ったことから出ます。

この議論は分析手法についてのものであり、どの事業でも確率のモデルを組むべきだという処方ではありません。移せるのは、手法ではなく判定のほうです。ばらつきが大きい集団では、平均は代表値として機能しません。

次に、時間の向きです。平均は、既に離れた人を含めて計算されます。すると、離れた人が多い時期の数字は下がり、残っている人だけで測れば上がります。同じ事業が、集計の範囲によって別の値を持ちます。

事業を始めて日が浅い段階では、継続年数の実測値そのものが存在しません。三年目の顧客がいない事業に、三年目の実測値は存在しないからです。この段階で出てくる生涯価値は、ほぼ全部が仮定です。

仮定でも置かなければ判断できない、という整理は正しいものです。数字の形になった時点で、それが仮定だという情報は落ちます。十二万円という値は、実測された十二万円と見た目が同じです。

これは、測定の窓と対象の齢が合っているかという問題でもあります。齢の足りない対象を測った数字は、「まだ動いていない」と「動いていない」を区別できません。その数字を根拠に施策を打てば、まだ結果の出ていないものを失敗として畳むことになります。

分布を見れば解決する、という話でもありません。分布を見ても、なぜその形になったかは分かりません。分布が教えるのは、平均を目標に置くことの危うさだけです。その先の問いは、上位の側で何が起きたかを個別に見ることでしか進みません。そして個別に見るとき、参照すべきなのは金額ではなく、その相手が何を受け取ってどう変わったかの記録です。

関係の指標として読み直すと、同じ数字が何を教えるか

同じ計算式でも、置く問いを変えると、数字が動いたときに疑う場所が変わります。

回収の枠での問いは「この相手からいくら受け取れるか」です。関係の枠での問いは「この関係はどれだけの長さと厚みを持っているか」です。数式は変わりません。

継続年数が短いとき、回収の枠では「維持施策が足りない」と読みます。関係の枠では「渡したものが残っていない」と読みます。前者の処方は接触の増加、後者の処方は渡すものの見直しです。

購入回数が少ないとき、回収の枠では「頻度を上げる仕掛けが足りない」と読みます。関係の枠では「次の必要が発生したときに思い出されていない」と読みます。前者の処方は案内の増加、後者の処方は何を扱う人として認識されているかの確認です。

単価が低いとき、回収の枠では「上位商品の提案が足りない」と読みます。関係の枠では「渡しているものの範囲が、相手の必要より狭い」と読みます。

三つとも、後者のほうが手間がかかります。そして三つとも、後者のほうが上流の要因に触れています。

関係の枠のほうが常に正しい、ということではありません。実際に案内が足りていない場合はありますし、頻度の仕掛けは実際に頻度を上げます。言えるのは、回収の枠だけを持っていると、上流の要因が検討の外に置かれるということです。これは成約率が悪いとき、どこから疑うかで扱った、記録が下流にしか残らないために診断が下流へ偏る構造と、同じ機序です。

「関係の厚みは測れないのだから、測れる回収で代用するしかない」という手続きは正当です。ただし代用したことは、代用した本人しか知りません。数字が組織を回るころには、代用の記録は落ちています。落ちた結果、代用品が本体として扱われます。顧客生涯価値が高いことが目標になり、関係が厚いことは目標から外れます。

そして、代用品を目標に置くと、代用品だけを上げる方法が見つかります。関係を厚くせずに生涯価値を上げる経路は、実際に存在します。解約しにくい形式にする、年払いを既定にする、途中で条件を変える。いずれも数字は上がり、関係は薄くなります。

この経路を一度通ると、戻れなくなります。解約しにくくして得た継続は、解約しやすくすると失われるからです。数字の上では、元に戻すことが常に損に見えます。設計が一方向にしか進まなくなるのは、この構造のためです。

上げ方として案内される変数は、どれも関係の側にある

案内される五つの変数は、二つの性質に分かれます。相手の側で何が起きているかの現れと、こちら側の構造の現れです。

単価は、こちらが受け取っている額ではなく、相手がその範囲に対して払う意味を認めている額です。値がどう決まるかは価格設定を原価から始めないで扱っています。上位商品を勧めれば上がるのは事実ですが、上がった単価が続くかどうかは、勧め方ではなく、範囲が相手の必要と合っているかで決まります。

頻度は、思い出される回数です。案内の回数ではありません。案内を増やせば当面の反応は増えますが、思い出される位置にいるかどうかは、案内の量とは別の変数です。

期間は、関係が切れていない長さです。契約が続いている長さとは違います。契約が続いていても、実質的な関係が終わっていることはあります。

粗利率は、こちらの側の構造です。提供の形式が労働の量に比例していれば、率は構造的に上がりません。これは労働集約型から抜け出すの問題です。

費用は、到達経路をどこから借りているかで決まります。借りた経路は貸主の条件で値上がりします。この構造はリスト集めの前提で扱っています。

五つを並べると、性質が分かれます。単価・頻度・期間の三つは、相手の側で何が起きているかの現れです。粗利率と費用の二つは、こちら側の構造の現れです。

上げ方として案内される具体的な手立ては、多くが前者の三つに直接手を入れようとします。上位商品を勧める、案内を増やす、継続の特典を付ける。

現れに直接手を入れると、当面は動きます。そして、動かし続けるための条件が発生します。特典は更新が必要になり、案内は頻度を上げ続けなければ効かなくなります。外から供給された理由がふくらむ構造は、プロダクトローンチで扱いました。同じ機序がここでも働きます。

「後者の二つは構造の話で、時間がかかりすぎる。当面の数字が要る場面はある」という状況は実在します。そのうえで、当面の数字のために現れへ手を入れることには、期限を切っておく必要があります。期限を切らずに続けると、構造に手を入れる余力が、更新の作業に吸われていきます。更新は止められないので、余力は戻ってきません。

期限を切るとは、日付を決めることではありません。その施策を止める条件を、始める時点で書いておくことです。書いておかなければ、止める判断は毎回その場の損得で下されます。その場の損得で判断するかぎり、止める側は選ばれにくくなります。

使っている数字が何を測っていないかを、自分で検算する

検算は、金額ではなく、こちらが働きかけていない期間の相手の動きで行います。三つの場所で読めます。

こちらから案内していない時期に、相手の側から用件が来るかどうか。件数は関係ありません。一件でも来るなら、必要が発生したときに思い出される位置にいます。こちらが出したときにしか動きが無いなら、機能しているのは経路であって関係ではありません。

値上げをしたときに、説明を求められるかどうか。何も言わずに離れるのは、関係が金額でしか繋がっていなかったことの現れです。説明を求められるなら、関係の側に続ける理由があり、金額はその条件の一つとして扱われています。どちらも起きず黙って続くなら、まだ判定できません。

紹介が発生するかどうか。紹介は、こちらの資源を使わずに起きる出来事なので、費用と回収の枠には計上されにくく、しかし関係の厚みを直接に示します。紹介した側は自分の信用を貸しているので、薄い関係では起きません。

三つとも、事業の齢がある程度に達していないと観測できません。始めて数か月の段階では、三つとも空欄になります。空欄であることは、悪い状態ではなく、まだ測る時期ではないという意味です。齢が足りない段階で観測できるのは、比率ではなく個別の出来事です。一人でも、こちらから促さずに二度目が起きたか。一人でも、内容について具体的な返信が来たか。件数が少ないうちは、比率より個別の一件のほうが情報を持っています。

個別の一件を一般則として読むのは行きすぎです。一人が続いたことは、その形式が機能する証拠にはなりません。言えるのは、その一件で何が起きたかを記録しておけば、件数が増えたときに読む材料になるということだけです。

生涯価値がいくらであるべきか、獲得単価の何倍であるべきか、割引の率をいくつに置くべきか。どの問いにも、この記事は数字で答えません。三倍という比率は、回収までにどれだけの月数がかかるかを書かないかぎり、何も言っていないからです。

顧客生涯価値を計算した後、その数字は何をするか。答えは、配分を決める、です。そして配分が経験を作り、経験が次の期の数字を作ります。予測が当たったという記録は、この一巡の出口に置かれています。

検算に要る材料は、いま手元にあります。割引の率をどこから持ってきたかのメモ。継続年数を何年で置いたかの記録。低く見積もった相手に、この半年で何を渡したかの履歴。三つとも、決済の仕組みは自動で残してくれません。誰かが書き留めないかぎり消える種類の記録です。手元に残るのが自動で記録される側だけになると、金額しか残らず、金額で判断することになります。

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